時間はいつも滔々と川の様に流れているので、わざわざ年末だからとか、誕生日だからって区切る必要なんてないのかもしれないけれど、終わりがあること、だから、始まりがあることって、生死にも似て、深い意味を持っているような気がします、よね?

ってなわけでまず、今年の漢字(笑。
ありがちだけど、「進」という文字に行き着いてしまいました。

進むと言う漢字を含む単語を調べてみると、ほとんどネガティブな意味のものが見当たりません。
前進、進歩、後進、寄進、進化。
でも、本当言うと、年明け早々から中々大変なことも色々あったし、思いもよらない展開もあったし、私にもったいないくらいの出来事もあったし、着実に積み上げたものもあった気がします。それらに、違う言葉を与えることもできると思うのだけど、ひとつひとつに対する愛と希望と感謝をこめて、進む、というポジティブな名前をつけてあげたいと、2009年の終わりを生きる諸岡は思うのであります。

あ、終わりと言えば。
今年はひとつの時代の終わりを告げる、偉大な人物の死もありました。

50歳で亡くなった、マイケル・ジャクソン。
100歳で亡くなった、レヴィ=ストロース。

勿論、忌野清志郎さんとか、他にも色々な方が旅立っていかれたのだけど、この二人は世界的なある頂点を極めた人で、とてつもない業績を残し、今後も人々に影響を与え続けていくだろう人。

といっても、私は、同世代のミュージシャン達が言うほどには、マイケル・ジャクソンという人に影響を受けて来なかった気がします。どちらかというと、敢えて遠ざけていたくらい。というのも、80年代のアメリカと言うのは、ガチャガチャとした怪物がもっとも激しく暴れていて、メディアを通して伝えられるその姿は九州の片田舎に生きていた私には受け入れ難くってしょうがないものだったのです。その中で最も威光を放っていたのがマイケル・ジャクソン。だから私はマイケルに、その怪物のイメージを重ねあわせてきたのだと思います。
だけど、その私の中のマイケル像が、彼の死後、映画「This is It」を見て一気に作り替えられました。
まずは、彼の音楽の持っている圧倒的な力に驚き、それらが彼の持っていた尋常ではない数の才能と挑戦と努力と愛があってなし得たことだと知り、彼の中の人間的で本能的な何かこそが、誰よりも資本主義の怪物と最前線で闘ってきたのではないのかと思ってしまったのです。
私は自分のこれまでの見方を反省するとともに、今更ながらでも、その音楽に出会えたことに感謝したい思いで、映画を見た後CDショップに直行しました(笑。

レヴィ=ストロースは、フランスの人類学者であり思想家でもあった人物。私は大学生の時に文化人類学や宗教学の授業でその名を知りました。少し大げさに言えば、この人を知らなければ私はミステリーハンターになっていなかったかもしれません。私が読んだ彼の本はたった3冊ですし、その内容を思いだして説明することすらままならないのですが、でも、私はそれらからとても大事なことを勝手に受け取ってきたような気がします。
西洋的なものが洗練された良いものと思い込まれていた時代に、未開社会の人々の暮らしの中にも西洋に劣らない秩序や構造があることを示し、それを浸透させた、知性と勇気。レヴィ=ストロースのそういった仕事が、世界のたくさんの人たちに素晴らしい影響を与え、その遥か裾野、東京の片隅で学生をしていた私の訪問者としての姿勢も作ってくれました。
訪問させてもらう地域を、「上から目線」で見下ろすのではなく、逆にことさら見上げるのでもなく、都合良く消費するのでもなく、なるべく現地の人と同じ目線でものを見て、呼吸をする様にそれらを感じたい。そういう考えが私の中に芽生えなかったら、多分、ミステリーハンターにならなかっただろうし、なれなかっただろうと思います。

「野生の思考」は、レヴィ=ストロースが広めた言葉ですが、それを最も困難な場所で体現してきた一人が、多分、マイケル・ジャクソン。

彼らと同じ時代を生きられたことは、大きな歓びだと思います。そして、そこから学んで、新しい時代を漕ぎ出し、作り出し、繋いでいくのが私たちの世代なんだろうな。
彼らの死を悼むと同時に、そんなことを考えたのが2009年でした。

その2009年も残すところあと1日。
みなさんにとっては、どんな1年でしたか?
よかったら聞かせて下さいませね。
では、私は今年最後の友人達の晩餐に行ってきますー。
うふー。