小学生の頃以来、久しぶりに「火垂るの墓」を見ました。
子供の頃に見た時は、悲しくて悲しくて、寂しくて心細くで、涙を沢山流していた記憶がありした。
だから、今日も覚悟して見ていたんですが、一粒も涙がこぼれてきませんでした。

有名な作品なのでストーリーや時代背景などの解説は省略させて頂きますが、なんか、こんなにも感じ方が変わるものなのかと、少しショックと言うか、愕然としてしまいました。

一番の違いは涙だったんだけど、次に違うと感じたのは、上映時間の長さ。
子供の頃は、とても悲しくて永遠のように長い時間だったけど、大人になった今みると、かなり淡々と描かれているのに、あっという間に終わった感じでした。

子供の頃よりは戦争の知識を踏まえて見られるようになった分、出てくる人物の服装や地名や風景など、注目する箇所が増えて、それであっという間に感じられたのかなぁと思いますが、それとほぼ同じ理由で、涙を流せなくなったのかなぁとも。
かつては背景の何よりも、とにかく小さな女の子「せつ子」にフォーカスして感情移入してたから。

今の自分の見方を持てていることは悪いことじゃないと信じていますが、やっぱり何かを獲得すると、何かを喪失してもいるのかもしれない。

また、子供の頃は夏休みや一年がすごーく長かったけど、今は時間の早さを恨めしくさえ思ってしまう。
同じ一時間でも、ただ空を見つめていたら長く、10分や15分単位で仕事や趣味や移動などに時間を振り分けて使うと短い。
生き急いじゃう人と言うのは実は、やりたいことや、やらなきゃならない使命感を沢山抱えている人なのかなぁ。
なんて思ってました。

それと、本当に思った以上に淡々と描かれていたのにもびっくりしました。だって幼い私はあんなに泣きながら見てたから。
それを思うと最近のテレビや映画は、傾向として随分親切と言うか、お節介と言うか、見る人に過剰に説明しているのかなぁ。
物事が多様化、情報が細分化され、世の中が複雑になりすぎちゃっているから、やっぱり説明が必要なんでしょうねぇ。
そんな親切な説明さえも放棄したものも少なくなく、あんまりにもそればかりになると、なんだか将来が心配です。仕方のない時代の流れかもしれませんが。
そんなことを憂う私は、疎ましいと感じれる大人になっちゃったのかなぁ・・・。

きっと昭和の前半は、大半の人が戦争体験を持っていたから、共通のことに関しては多くを語らずとも、痛みや深みや陰影が与えられていたのだと思います。

私としては、そういう風に今の無知な自分では理解しきれないものが、その奥に潜んでいると感じさせてくれる作品の方が、本物さを感じて、かえって好奇心が刺激される気がします。


難しいですね(笑)。


とにかく確かなことは、私には最近の予算たっぷりで作られているだろうハリウッド映画の迫力ある映像や細やかなCGよりも、「火垂るの墓」の淡々とした空襲シーンがとても恐ろしかったです。

(随分たっぷり携帯で書いちゃったよ)