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たった今、ウチの近くの喫茶店で吉本ばななさんの『哀しい予感』を読みました。はあ。
胸の中に遠くの雨雲みたいな気持ちが張り出した、切ない時間でした。

巻末に文庫版によせて編集者の方が書いた解説があり、その中にこんな言葉がありました。

『若いうちはエネルギーのあるものに魅かれていくのは当然だと思う』

1988年の夏か秋ごろ、24才の吉本さんが何かの話の中で仰ったのだそう。1988年と言えば、私が初めて東京にきて原宿でクレープを食べた年(笑)。当時の私にとって東京は遊園地のようでした。大牟田の日常にはない、夢のようにキラキラした場所。そして、必ず立ち去る儚い場所。
しかし、何の運命のいたずらか、はたまた私の強引なまでの夢見る力故か、その原宿の真ん中で私の人生が機関車のように私を東京という夢の中へ走らせました。その先に今の私の人生があります。

若すぎるほどに若い十代前半の私は、明らかにエネルギーに満ちた東京、そしてエネルギーに満ちた芸能の仕事に魅かれいました。

その一方で、当時の、いわゆる80年代の文化というのが、ずーっと私の中で嫌悪されてきていました。後々になって、そういう時代だったのだと振り返ってほっとできましたが、東京よりも遠い異国からやってくるファッションや音楽などに、どうしても馴染めないだろう自分を感じ、それでは東京の人のようにはなれないのだろうと、将来を悲観するような気持ちがありました。当時はとにかく猛烈に東京に魅かれていましたから。

しかし、みんな妙に自信に満ちて高圧的で、アバンギャルドというどぎついスタイルの服や音楽を身に付けて、平和なくせに悪ぶる滑稽な人たち・・・と、カントリーガールの私は捉えてきました。そんなわだかまりが、なんとなく、吉本ばななさんの当時の言葉でスルスルとほどけたように感じました。
異常なまでの時代の変化のスピードに巨大なエネルギーを感じた当時の人たちが、戸惑いながら、反発しながら、それでも魅せられていたが故の80年代カルチャーだったのかなぁと。
これまで、当時の文化はいろいろと専門家の方々に解釈されてきたのでしょうが、何せ私は嫌悪してきたところがあるので、今初めてそんなことを考えてみました。いや、考えてはいたけど、ようやく腑に落ちた感じがしました。

これまでは金メッキやプラスチックみたいに人工的なのかと感じていましたが、むしろ、大きなエネルギーに抗いようもなく魅かれてしまった当時の人たちに、若さや力強い生命力を感じるような気がしてきました。

80年代、かぁ。そんな時代にも『哀しい予感』のような森閑とした、そしてスピリチュアルな作品がベストセラーになっていたのだなぁ。
私も同じ時に生きていたのに、まるで知らない気がしてしまいます。

わ、9時だ(汗)。