8日、ふしぎ発見!春のスペシャルオンエアされましたね。
見て下さった方、見てコメントやメールをくださった皆様、どうもありがとう!
ありがたいと同時に、皆さんからの一つ一つの言葉が本当に励みになっているのを実感します。こういう風に生きられるのは幸せだぁ。

さて、で、私もオンエアを見ていたんですが、やっぱりクエスチョンの所の息の切れ方、笑えるくらいすごかったですよね。声もしっかり裏返ってました!(笑
しかも私、VTRの全編通して基本的に元気がありませんでしたね(^^;
あれはいかん。もっとはつらつとリポートしたいなぁ。
しかし、実際に体調の管理はなかなか難しかったです。それは今までのエントリーにも書いている通りなんですが、体調って自然と心の調子とも繋がってきますよね。心身ともに健康を維持するって言うのは、本当に大事だと改めて感じました。これ、ひとり反省会です。失礼。
でも、そう言う大変さを身を以て知ればこそ、先輩ミステリーハンターの竹内海南江さんはすごいなーと思ってしまいます。どこに行っても楽しそうに、何を食べても(!)美味しそうになさってますもんね。しかもリラックスしてリポートしてらっしゃる。見習う所が多すぎます。がんばんなくっちゃ。

さて、内容としては若きシェルパのペンバよ、頑張れー!!というものでしたが、実は密かに私がネパールにいる時から思っていたことがあります。

彼らとは本当に何日も生活を共にして、既にファミリーという言葉がぴったりくる様な関係を築けていたので、帰る時には寂しくて寂しくてたまりませんでした。それで、よくよく考えてみると、彼らは、時には山岳ガイドとしてとても危険な仕事にも就きます。文字通り、命をかけて仕事をします。だから、私がまた会いたいなと思ったとしても、本当に再会できる可能性というのは、一般的な確率よりも多分低い確率になってしまう・・・。そんなことを考えている自分こそ、縁起でもない!と首をブルブル振るいたくなりましたが、でも一方で、だったら尚更彼らとの日々を後悔のない様に想いっきり楽しまなくては!とも思ってみたり。でもやっぱり、今回のヒマラヤ滞在を終えてしまえば、もう二度と彼らに会えないかもしれないと思うと、きゅーっと胸が痛くなりました。帰り際に私が思ったことは、「会えなくてもいいから、とにかく生きていてくれ」ということでした。



そうした想いから、シェルパ基金の様なものがあると良いのになぁとぼんやり考えていました。一つは、ペンバの様な難易度の高いクライミングサーダーを目指すシェルパの青年が、きちんとしたサーダーの教育が受けられる学校(あるんだそうです、そういう学校が)に通う為の基金。ペンバは英語もいつかカトマンズにでてちゃんと勉強したいと言っていましたし、サーダーに必要な知識も身に付けたいとも言っていました。だけど、そのチャンスはなかなかないんだそうです。おそらくは資金的なことも大きいはずです。ポーターとしての仕事を続けていく中で、サーダーの仕事についても知識や技術を身に付けていくことも場合によっては可能なのかもしれませんが、実際はコネクションがないととか、語学力がないととか、サーダーになる為には沢山の条件が満たせないといけないとのこと。それを彼はチャンスが欲しい、と表現していました。とにかく、彼らがより安全に山での仕事をなり遂げるには、きちんとした教育を受けておいた方がいい様に思えてなりません。そういう奨学金制度に当たる様な基金があればなぁと。
それともう一つは、危険な仕事でシェルパたちの身に万が一のことがあった時に、彼らの残された家族が生活していく為の基金があれば、と。
そしたらなんと、番組内で野口さんが仰ってましたね。既にシェルパ基金を運営されているのだと。野口さんが設立されたシェルパ基金については、私も個人的にインターネットで調べて拝見しました。亡くなったシェエルパの遺族を助ける為の基金なんだそうです。野口さんの公式ウェブサイトの中にも詳しかったですが、設立に至る経緯など深く感銘を受けました。そして、その野口さんの行動力にも。私がぼんやりとネパールで考えていたことを、もう実際に実行されている。すごいことです。

そこまでの行動力のない私に考えることが出来たのは、今回のオンエアを見て下さった方の中で、ペンバの様な青年に力を貸したいと仰る方がいて下さればなぁということでした。実際に、欧米の方が家族の様に心を通わせて、あらゆる面で援助をした若きシェルパが、立派なクライミングサーダーとなって活躍しているという例があるのだそうです。
私は恥ずかしながら、まだまだ自分が東京で生きていくことでどうにも精一杯なので、人を援助するなんてことは、本当に残念だけど、今のところ考えられません。ただ、ペンバの様な青年をテレビを通じて紹介することは出来たので、さらに、興味を持って下さった方に対して、テレビでは伝えきれなかった想いを書き綴れればなぁと思いました。
あぁ、なんて微力・・・。
この先に出来ることがあるとしたら、多少の橋渡しをする、と言ったことかもしれません。それとて、きっと私がまた誰かの力を借りないといけないことなのだけど・・・。

そして、たった1回のヒマラヤ滞在で私に何が分かるんだ、という想いもあります。でも、そんな私にも迷いなく断言できることは、とにかく彼らに生きていてほしいということ。彼らは既に沢山のトレッカーや登山家と仕事をして、もう私なんて忘れてるかもしれないんですけどね。でも、一度は心の通じ合った人たちが、遠く離れた環境も何もかも違う場所で今も確かに生きて、日々、食べて眠って笑って時に苦悩しながらも暮らしていると考えることは、私にとってとても大切で素敵なことの様に思えて仕方がありません。そう言う素敵な想いを、より強く持てればなと思ってしまうのです。