休み前に異動の内示があり


休み明けから別のお店で勤務することになりました。


やることは同じなのです。でも今日も休みですが物件の


下見をしています。


何事も下準備をしておくにこしたことはありません。


お盆休みに高校の同窓会に出ました。30年以上会ったことの


ない人が多く、はっきり言ってギンギンに元気な人はいません。


みんな自分の人生を悟ったかのような生きることの


悲しさを感じました。もう出ることもないでしょう。


西尾和美の「今日一日のアファメーション」より


やりたいと思っていたことを実行する

 いつもやりたいと思っていたのに、できなかったことをやりましょう。

 人生は、短いものです。いつ災難や事故に会うともかぎりません。


年とってから、ああすればよかったとか、こうすべきだったと思っても、


体がいうことを聞かなかったり、エネルギーがなくなっていたりします。


何かをしたいという意思さえなくなっていきます。

 外国へ旅に行きたいと思っていたら、それを可能にしましょう。


演劇を観たいと思っていたら、出かけて行きましょう。本を読みたいと思っていたら、


時間をとって読みましょう。家族と散歩に行きたいと思ったら、一緒に時を過ごしましょう。


何か特別食べたいものがあったら、食べましょう。いつも欲しいと思っていた物を、


買ってみましょう。書きたいと思っていた手紙を、書きましょう。

 そして、いつも「ありがとう」を言おうと思って、言う機会がなかった人たちに、


感謝の言葉を伝えましょう。


私もやりたいと思ってできていないことは


たくさんあります。


ひとつでも自分が生きている間に


やっていこうと思います。


ここ数日私のACからの回復はリプロセスワークの段階に


入ってきています。


これは幼い頃自分の親からこのように言ってほしかったということばを


別の人に言ってもらって過去の傷を癒し、新しい記憶を作るという


作業です。


西尾先生の癒しのワークの本は最初、理解できにくいと


思いましたが何度も繰り返し読み返すと


ある部分に自分が反応します。


まるで受験勉強のように繰り返すのですが


わかるときがあるのです。


カウンセラーに相談しようと思っているのですが


結構エネルギーが必要です。


ACからの回復って孤独な作業だというのが


率直な感想です。


これは私の今の状況がそうさせているのだと


思います。



不動産についてはお盆に動くお客様は


真剣です。普段忙しくお盆くらいしか動けない


お客様だからです。


そして西尾和美の「今日一日のアファメーション」より

静かな勇気を持つ

 静かな勇気を持ちましょう。大きなできごとを成す大英雄になる必要はありません。


人の生命を、自分の生命を犠牲にして助けるというドラマチックな機会は、


そうあるわけではないのです。しかし、自分の人生を少しでも良くする、


まわりの人の人生を少しでも良くする、小さな勇気を発揮する機会は毎日あります。


こういう勇気は静かなもので、はなばなしくはありません。

 思いやりがあってやさしく、しかも自分の信じることを逆境にもかかわらず、やりとおします。


苦しさや痛みにもくじけないで、現実をしっかり見とおし、自分がより良い人間になるよう、


癒しへと努力します。大きな目でものごとを判断し、決定し、実行に移していきます。


その結果、まわりの人も影響を受けて、その人の人生の癒しがはじまり、


より良い方向に進んでいきます。

 このような小さな、静かな勇気が、子どもの虐待を防いだり、


妻の虐待を防いだりするきっかけになるかもしれません。



私がACから回復をしたいと日々格闘している理由は


今日のことばから理解できると思います。







今日たまたま小平方面を車で通ると


今年なくなった江藤俊哉さんの自宅から売却中の看板が出ていました。


不便なところにあるのですが、玉川上水に近く桜並木がすてきな


いい場所にあります。


バスで通った生徒さんもたくさんいると思います。


築年数は結構たっていますが(30年以上くらい)


建物はしっかりしているみたいです。


感慨深く車で通過しました。


優秀な音楽家によくあるパターンの人だったようです。



そして西尾和美の「今日一日のアファメーション」より


本当の自分を大きくしていく

 本当の自分と、嘘の自分を見つめてみましょう。


外に出している部分は、嘘の自分ではないですか。


本当の自分は、昔々、隠れ家に身をひそめてしまって、


嘘の自分がはびこってしまっていませんか?

 本当の自分は誰なのか、わからなくなってしまっているのではないでしょうか。


親から、きょうだいから、親類の人から、近所の人から、先生から、友人から、職場から、


暗黙のうちに強いられてつくりあげられた自分は、本来の生まれついた自分ではないかもしれません。

 知らないうちに、いやみを言う誰かに似てきていませんか。


批判的で否定的な誰かのようになってしまっていませんか。


自分が意地悪されたから、意地悪をする側になってしまっていませんか。


怒鳴ったり、虐待したり、ヒステリックな誰かのようになりつつありませんか。


本当に自分は、こうありたいと思って自分でつくりあげてきた本物の自分ですか。

 「これは自分だ」と思える部分を、だんだん大きくしていきましょう。



このところ私は本来の自分がどうなのかわからない状況です。


仕事が忙しいというのもあるのですが


自分探しはむずかしい。