今日は、西尾和美先生の「今日一日のアファメーション」からのことばに


こだわって




自分はどんな人間になりたいか

 自分がどのような人になりたいかを考えてみましょう。

 自分の葬式のもようをちょっと想像してみてください。


葬式にやってきた人たちが、生存していたときの自分のことを話しています。


どんなことを言っていますか。

「あの人はやさしい人だった」「あの人は、やると言ったらやり抜く人だった」


「ケチで、いじわるな人だった」「家族を大切にする人だった」「嘘つきで、他人をだます人だった」……。

 どんなことを葬式に来た人たちに言って欲しいですか。


どういう人だったと他人に覚えでおいてもらいたいですか。


自分は親として、子どもとして、友人として、夫または妻として


、職場の仲間として、上司、部下として、先生、生徒として、


どのような人としてこの世を去っていきたいですか。

 こうして想像してみると、自分の一生で何がいちばん重要なものなのかがわかってきます。


それがわかったら、葬式の日を待たないで、


今日からそういう人になるための第一歩を踏み出しましょう。


このところ自分が死んだらって思う日が続いています。


どんな場所でどんな死に方が待っているかわかりませんが


だれでも死ぬのです。


「どのような人としてこの世を去っていきたいですか。」


難しい質問です。


仕事が忙しいのですが、時間があっという間に過ぎて


余計な活動が制限されている日々です。


でもその中で自分の体力が若い頃に比べると


確かに衰えているのがわかり、死に


向かっていることがひしひしと伝わってきます。


今、特別大きな病気をしているわけではありませんが


もう無理はできません。


仕事以外はボーッとしています。


家まで仕事を持って帰るのはいやなので


家では仕事はしません。


歳をとるとどんな人間になりたいかというより


死んだらどんな人だったと言われたいか考えるのです。(私は)


仕事は、お客様がある程度確保できればなんとかなりそう。


正直お客様が増えてほっとしています。


景気はよくなくても家を買う人はいるのです。


それがわかりました。


今日は感じたことをそのまま書いてしまいました。