これによって、日本プロ野球史上50人目の一軍公式戦通算2000本安打を達成。
鳥谷はプロ入りした2004年9月9日から休まず連続して試合に出場しているが、奇しくもちょうど14年目最終日での達成となった。
プロ入り14年目での記録達成は日本人最速であるが、これは試合に出場することと成績を残すことの両方を継続した証である。
またチーム生え抜き選手としては藤田平に次ぐ2人目であり、阪神の選手による甲子園での達成は史上初であった。
チームの永久欠番をつけていた藤村富美男や吉田義男、チーム唯一の日本一の牽引者の掛布雅之や岡田彰布でさえ成し得なかった大記録。
早稲田大学で同期の青木宣親も今年、日本プロ野球とアメリカ・メジャーリーグの通算2000本安打を達成した。
その青木と東京ヤクルトスワローズで共に過ごし、また2人の一年後輩である田中浩康がDeNAの選手としてその記録を目の当たりにしていた。
鳥谷も田中浩からの花束を受け取った時に、2000本安打を達成したことを実感したとインタビューでも語っており、何かと縁を感じる話である。
そして鳥谷の記録を目の当たりにしたこの試合を最後に、あることを“勇退”した人物がいる。
阪神の地上波テレビ完全中継でおなじみ『サンテレビボックス席』の解説者である小山正明。
福本豊と共に解説席に座ったが試合後に、この試合をもってレギュラー解説から退くことが発表された。
小山といえば山内一弘との“世紀のトレード”、そして阪神、ロッテオリオンズ、大洋ホエールズでの現役生活で320勝を挙げた大投手である。
解説において、チームを問わず繰り出される投手の目線から厳しくも温かいコメントには、いつも聞いていて納得させられるものばかりであった。
「あれはコントロールミス」や「完投できるピッチャーが少ない」、「ピッチングスタッフはどうなっているのか」等のコメントはよく耳にした。
この日も阪神の能見篤史とDeNAの井納翔一の両先発が、ひいき目に見ても立ち上がりがピリッとしていなかった。
打たれているのは全て高めに浮いている能見の投球や、捕手がミットを構えているところに全く投球できていないことを早々に指摘していた。
また糸井嘉男への「ボール球を振るとスイングがおかしくなっているから、やっぱり打てないね」と終始一貫していた打者へのコメントもあった。
そして、前回の解説でのコメントも非常に印象深いものがあった。
阪神は、今や少なくなってしまったワインドアップモーションで投球する投手のひとりである秋山拓巳が先発した試合で、高く評価していた。
「偉大なピッチャーはみんなワインドアップやった」
サラッと現在を憂いては過去を語り、ただ昔は良かったというだけではなく、未来への提言をしていたといえば大袈裟だろうか。
いずれにしても、鳥谷の通算2000本安打達成の日に静かに退いた小山。
この試合が思い出に残る解説と語っていたが、こうして野球のバトンのひとつが後世に渡されていった。