夏休みの宿題、ふだんの宿題、なぜあるのかを考える | 名古屋の鈴木のブログ

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 8月ももう終わり。夏休みが終わり、子どもたちの学校も来週火曜日から始まる。

夏休みと言えば大量の宿題。終わった、終わってないと、悲喜こもごもの雰囲気に包まれる時期だ。私は、宿題はイヤイヤやってた方だと記憶している。自由研究など一度も提出したことがなかった。せっかくのんびりしたいのに、なぜ宿題があるのかうらめしく思ったものだ。

大人になれば、それはよくわかる。宿題がなければまず勉強しないからだ。勉強が嫌い、苦手な子は自主的には勉強に目を向けない。だから、大量の宿題を出して勉強させる、それが宿題を出す理由になってしまっている。

それに、先生としては、1学期で習った内容を忘れてしまっては2学期に入ってスタートダッシュできない、おさらい(復習)をしっかりやってておいてもらわないと授業がはかどらないからだ。

 上に書いた理由は、自分としては大学に入って大人になって、振り返って考えた結論だ。そこへさらに追加する機会があった。

さくらまやちゃんである。世間的には歌がうまいとかかわいいなどの理由でファンになる人が多いと思うが、私は少し違って、親子関係や教育関係の視点で興味を持ってファンになった。その視点で書いた連載「さくらまやちゃんの魅力」を書き終えたのも早5年前となった。(全1682回。最後は2021年8月7日)

 学校の宿題を思って、まやちゃんを思いうかべたので・・・。

 まやちゃんは小学生の頃はあまり勉強は好きでなかった。小学3年生か4年生ごろに書かれたブログ文章(ヤフログ・現在は閉鎖)では国語の書き取りが苦手でパパがテストしてくるとあった。小学5年生のときの誕生日会では(テレビの追っかけ取材)、鉛筆や消しゴムなどまでプレゼントされて「嫌~!」と叫んでいた。もちろん、家族や親せき、近所の人たち、その場にいた人たちは爆笑であった。

 そんなまやちゃんが中学生になる直前の春休みになると突然、勉強し出したのだ。直接の要因はブログにもないのでわからないが、一応、まやちゃんの心境を推し量って、理由の推論を当時の連載記事のなかで書いたものだ。

 ここではそれは置いといて、学校の宿題について書こう。まやちゃんのような勉強が大好きな子どもにとって宿題はどんなものだろうか。

学校から帰って、夕食してお風呂に入って、さあ勉強と、机に向かった時、最初に邪魔が入った。学校からの宿題である。

えっ、宿題が邪魔? と思うだろう。

 勉強の好きな子どもたち、まやちゃんたちにとっても宿題はある意味、邪魔なのではないか? と思う。

何に対して邪魔なのかというと、自分のやりたい科目の勉強の邪魔になるということ。

たとえば、まやちゃんは数学が大好き。あのちょっと難しそうな方程式、解いてみたいな・・・あっ、英語の先生から宿題出されてたなあ・・・、あ~ん・・・、時間が欲しいのに・・・、しょうがない、英語からやるか・・・。

つまり、自由に勉強させてくれないのだ、学校の宿題は。

その点、夏休みはたくさん時間がある。夜更かし、いくらやっても安心、夜遅くまで勉強できるのだ。昼間は歌手とタレントとしてのお仕事があっても、勉強の時間はたっぷりあった。それで中学1年生の年の夏休みは勉強ばかりしていた。

が、後になって、ちょっと反省の文章がブログに載った(アメログ・現在はまやちゃんのブログは閉鎖)。

「方程式ばかり解いてて、ちょっと反省・・・」

 つまり、勉強好きな子どもは、勉強するのはいいけど、好きな教科・科目しかやらない傾向にないか? 数学ばかりやって他の教科はおざなり・・・では、それも問題なのでは?

 学校の宿題は、すべての教科をまんべんなく勉強するためのアイテム、そういった役割もあるようだ。

 ちなみに、ひとつの教科に偏って勉強することは必ずしも悪いことではないと思う。テレビ朝日「サンドウイッチマンと芦田愛菜の博士ちゃん」に出てくる子どもたちのように、一つに特化して大人顔負けの知識と探究心を持つことも、その子の魅力を引き出すだろう。

中学生まではまんべんなく勉強した方が将来、進路を狭めないで済むというのももっともな意見だし、いや、小さいうちから好きな教科に打ち込む方がいいという意見だって、これも正論だろう。結局は、その子どもがどう勉強と向き合うかなのであろう