さくらまやちゃんの魅力 989 まやちゃん母娘のすてきなコミュニケーション | 名古屋の鈴木のブログ

名古屋の鈴木のブログ

ブログの説明を入力します。

 山崎氏は、いじめに関与する自分の子どもに対し、いまからでも遅くないから、十分に甘えさせ、つまり、子どもの気持ちに寄り添い、言い分をゆっくり聞いてあげ、共感を持って認めてあげることをしっかりやって、次の言葉を言ってあげてほしいと書く。

「あなたが大好きよ」「あなたを愛しているわ」「いつでもあなたの味方よ」

 それだけで、子どもは勇気がわいて、明日から堂々といられ、落ち着きを取り戻し、いじめることもいじめられることもなくなるだろうと。

 そんな単純に済む問題じゃないだろ! と、言いたくなるかもしれないけど、まあ言いなさんな。 山崎氏の言いたいのは「愛はDO」であるということ。「愛は動詞」、思っているだけではダメ、口で直接、言わなければ伝わらないよ・・・なのだ。

ガミガミ怒鳴ったり、あんたはダメねとけなしてばかりでは、子どもは、自分が愛されているのを実感できない。ところが、「大好きよ」とか、「愛してるわ」と言われるだけでも、なにか元気が出てくるものなのだ。

 さらに、私は進めて、この「愛はDO」、一緒に同じことを行動するところまで意味を広げたい。

 まやちゃんの母親・由美子さんは、最初、娘が演歌歌手になりたい、だから演歌を習わせて・・・と言い出した時、驚き戸惑った。大反対だったが、一度自分で決めたら、てこでも動かない娘の性格を知っているので、結局は根負け。3年だけよと言って、演歌教室に通うことを許可した。

 第5節の232番 で書いたが、由美子さんのすばらしいところは、放任しなかったことだ。普通なら、教室に通わせるだけで後は知らないわよ・・・だと思うが、由美子さんは練習に付き合って、練習の間、録音をして、家に帰って復習するまやちゃんを手伝った。自分はヴァイオリニストに育てたかったのだけど封印し、娘の夢をかなえるために一緒になってくれたのだ。なぜ、そうしたのかは第5節232番 に書いたから、ここでは割愛するが、母と娘は一体だった。

 上の232番クリックすると読めます。「さくらまやを誕生させた根本的存在」)


 由美子さんは、家庭菜園をまやちゃんと一緒にやった。おいしい食材を自ら作って、収穫して、調理していただく・・・という過程は、自然と自分との関係や社会のしくみなどを肌で学ぶことができただろうけど、同時に、一緒に収穫することで共感し合う機会が増えたことも見逃せない。

由美子さんはまやちゃんとよく遊んだ。割烹料理店の若女将だっただろうから日ごろ、忙しかった分、意識して遊んであげた。幼いころは絵本の読み聞かせ、幼児から小学生になったら、本物の食材を使ってのおままごと。

絵画制作、読書の感想の話し合い、人生ゲームなどのボードゲームやチェス、まやちゃんの大好きな鬼ごっこだって一緒に遊んだ。(これらは由美子さんだけでなく、家族ぐるみでやっている。姉の真由さんも一緒。お父さんの一義さんは主に読書感想会と本物のお寿司屋さんごっこで遊びに加わった様子)

中学生になってからはフランス語の独習にも母と娘は一緒にやった。ラジオの短波で外国語を拾った。

これらすべて、コミュニケーションと一体だ。コミュニケーションとは、単なる言葉のやりとりのことでなく、心と心の通い合いのことだ。親子のコミュニケーションがしっかりなされれば、子どもは心理的に安定し、言葉を覚え、他人(ひと)との付き合い方の訓練となり、自信をもって、学校などの集団生活や社会のなかで、大手を振って生きていけるのだ。いじめに遭おうとも、き然として対応できるのだ。

また、どうすればいいのか解決能力もできている。親や大人とのコミュニケーションは、心の余裕を育てるので、友達とのトラブルが起きても、友達にとっても自分にとってもより良く解決する道を考え付くことができるのだ。

まやちゃんは、実際はどうかはともかく、何でも自分で決め、自分で考え、トラブルも自分で常に解決してきたと自負している。自己決定に確信を持っているから、自信に満ちあふれるのだ。それがまやちゃんの気の強さの源だった