もしアドリブなら・・・、つまり、当初、山羊汁を飲むことになってなく、岡村隆史さんがメニュー表見ながら、沖縄料理の解説がてら、たまたま山羊汁の話を持ちだして、予想に反してまやちゃんが飲みたそうな顔をしたことで、結局、飲むことになってしまった・・・、もし、そういういきさつだったなら・・・・、だって、岡村さん、いかにも嫌がってるんだもん・・・(笑)
もしそうだったなら、まやちゃんの成長を2つも見ることができるのだ。
ひとつは、山羊汁を飲んだ直後のコメント、「これ、なんて言うんでしょうねー?」だ。
このコメントにとても感心したのか、岡村さんもまやちゃんの真似をした。それくらいとても良いコメントだった。アドリブでも十分、人を惹きつけれるコメントが言えるようになったということだ。
以前のまやちゃんはアドリブに難があった。とっさのコメントには弱く、黙ってしまう方だった。今回の場合は、ムチャぶりみたいなとっさのコメントを求められたわけではないけど、つまり、考え込む時間はあったのだけど、それでも、少しずつでもアドリブ対応力、身についてきたのかなと思われる場面だった。
そしてもうひとつ。
「私の好み的にはダメでした」と言ったまやちゃんに、岡村さんはなぜ、わざわざ、「正直で良かったです」と言ったのだろうか。
もし、2年以上前までのまやちゃんなら(デビュー以前もあえて含めて)、公設市場の山羊汁を作ってくれた人を思って、また、少しでも飲んで見せれたことを認めてもらいたくて、結果的に意地を張るように、「変わった味ですけど・・・、飲めないことはないです」と言ってしまっただろう。
いや、たとえ嫌いな味だろうと、「飲めないことはない」と言ってのける努力を私は悪いとは言っていない、むしろ、称賛すべきだ。
しかし、この場合、岡村さんの立つ瀬ががなくなってしまうのだ。吐きそうなまでに表情を曇らせ、この山羊汁だけは一般の人のほとんどは受け付けないことを強調したかった岡村さん、そこまで徹底することで、自分もテレビ局も面目を保つことができるのだ。
それが、もし、ここでまやちゃんが「飲めます」という意味のコメントをしてしまったら、すべて泡となり、面目まるつぶれになってしまうところだった。
だから、私も飲めませんという意味のコメントにホッとした。だから、安どの表情で、「正直で良かったです」と言ったのだ。
まやちゃんが状況に合わせて、意地を張らずにコメントできるようになった成長の跡をみるのだ。
まやちゃんにとっても、「私の好み的には・・・」と言うことで、山羊汁を作ってくれた人を立てることができた、それも自分のコメントだけの力で山羊汁を作ってくれた人を救うことができた。
だから、まやちゃんも大満足することができたろう。
岡本さん、公設市場の人たち、テレビ局スタッフたち、彼ら全員を救うことができた・・・、「私的には」という言葉はそういう意味で、実に魔法の言葉だったのだ。
コメントの項は今回で終わり。次回から、勉強と学校生活との両立について。おたのしみ・・・