「あの、ここは人間もいいのかしら、」
そう言って入り口から顔を出したのは、珍しいな、優しげな年配の女の人だ。

「もちろんですよ。誰が食べてもおいしいご飯を作るのがおれの、あっ、ボクのモットーですから。」

その人はクスッと笑った。
でも、少し寂しそうだった。

「まあ、おいしい。おいしいわね。」

ゆっくり食事をしながら、その人は時々おれをじっと見ていた。
おれが見返すと、さっと下を向いた。
なんだかやっぱり寂しそうだった。
そして、ポツリポツリと話はじめたんだ。

「70歳を過ぎて主人が亡くなって、さびしくてね。偶然通りかかったペットショップであの子を見つけたの。」

「あの子?」

「子犬ちゃん。そうね。毛の色があなたに似ていたのよ。すぐに、うちの子になって、毎日が楽しくて嬉しくてね。
お散歩をすると、フリフリとお尻を振って、何度も私を見上げていたわ。
ご飯におやつ、おもちゃにお洋服まで、あの子が喜びそうなものは何でも買ってあげたの。
孫もよく来るようになって、仲良く遊んでいたわね。
具合の悪いときは、すぐに病院へ連れて行って、夜は寝ずに看病したわ。
私をじっと見つめて、安心したように眠るの。それはそれは愛しかったのよ。
みんなが私を『若返った』『元気になった』って言って、私もその気になっていたの。
あの日、お買物中に急に胸が苦しくなって、目の前が真っ暗になって・・・
気がついたら病院のベッドよ。
すぐにあの子を思い出して、息子に頼もうと、でも、言われてしまったの
『マンションでは犬は飼えない』
って。
その後すぐ、私はこちらに来てしまったわ。
主人を亡くした寂しさで、あの年で小さい子を迎えたなんて、なんて身勝手で、可哀そうなことをしたのかしら。
最後まで面倒をみてやれなくて、とっても後悔しているのよ。

実はね、あの子がこちらに来ると聞いたの。あれからだいぶ経っているから、きっとあの後、誰かに可愛がってもらえたんじゃないかしら。
あぁ、会いたいわ。会ってあの子を抱きしめたい。
でも、そんな資格はないわね。
ありがとう。とってもおいしかったわ。」

立ち上がるその人に、おれは言った。
「明日、みんなでここでお月見するんです。もしよかったら、来ませんか。」

その人は、それには、こたえずに帰っていった。

遠ざかる背中を見ていて、おれはちょっと胸が苦しくなった。
あの人に同情して・・・?

違うよ。
「あぁ、身勝手だよ。」
小さくつぶやいて、少し乱暴に、足で椅子を直した。

おれ、まだまだ修行が足りないかな。

つづく