息子がいるような | 凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

高校1年生の時に滑膜肉腫を発症した息子の記録です。
約6年の闘病生活。転移、所術は数知れず。
亡くなる瞬間まで生きることに全力を傾けた息子の生の姿です。
2023.11.19以降は、母の想いを綴る独り言日記に変わりそうです。
母の側弯症手術後経過も少々。

今朝の川口は、予想以上の積雪でビックリ!

 

介護ベッドも入って、抱き枕やマットレスも購入して、もうベッドから出たくなーい。

 

でも生き物係にお休みは無いから、暖かいベッドに別れを告げてちっちゃな同居人たちに挨拶に向かう。

 

大きいちびっ子さん、「出せ! 出せ!」とずっと騒いでいる。

 

 

 

小さいちびっ子ちゃん、やっとひとりで餌を食べられるなった。

 

小さな庭にも春が来たと思ったのに。

 

 

 

 

 

無情にも、今朝はみんな雪の下。

 

 

思い出オバケがどこに潜んで、そして飛び出してくるかわからないから、すっかり引きこもりになってしまっていて、買い物は全て生協の個配とネットで済ませている。

 

生協のカタログを見ていると、

 

「これ、息子が好きだったっけ」

 

「これ、お料理して出したら喜びそう」

 

なんて息子の好きそうなものばかりに目が行く。

 

切り干し大根の煮物、高野豆腐の煮物、切り昆布の煮物、息子の好物だったから、いつでも作れるように乾物がたくさんある。

 

息子が食べるから一緒に食べていたけど、私は別に好きじゃないから全然減らない。

 

そもそも自分の為にお料理なんてしない。

 

でも、息子が食べたがっている気がして、たまに作ってはお供えしてしいる。

 

自己満足だと思う。

 

でもそんなことが心の支え。

 

私はそんなに強くないから、息子に何かしてあげることで自分を保っているところがある。

 

朝、

 

「おはよう!」

 

と声をかけながら、息子の部屋のカーテンを開ける。

 

私は自分用のご飯は炊かないから、1週間に1度ご飯を炊いて、それを仏様用に1食分ずつラップで包み、ジプロックに入れて冷凍。

 

お水と共にご飯をチン!して毎日お供え。

 

息子に生前ご飯を作ってあげていたように。

 

息子はいつもたくさんのお花に包まれている。

 

 

仏花は父母と弟に。

 

スイトピーやカーネーション、菜の花やその他いろいろは息子へ。

 

大好きな猫柳の大枝や、桃の可愛らしいお花も足して。

 

生花は毎日お水を変えることで、故人を気にかけているよって意味があるらしい。

 

ろうそくに「ごめんね」と書いて灯を灯す。

 

宗教なんてどうでもいいけど、納骨してしまったら、お位牌も無いと何に話しかけたらいいのかわからない。

 

ここに息子の魂が宿っているよっていう象徴みたいなものが無いと、なんか心が宙ぶらりんになってしまいそう。

 

「会いたいよ。ハグしたいよ」

 

と思いながら、昨日あったこと、今日やりたいことなんかを息子に向かって話しかける。

 

普通の世間話みたいに。

 

思い出話はできない。

 

まだ封印しないとボロボロになってしまいそうだから。

 

コザさんたちの様子やヒナちゃんズの成長も伝える。

 

息子が「うん、うん」と聞いていてくれる気がする。

 

たまーに用事があって出かける時には、大きな声で

 

「○○、いってくるねー!」

 

って。

 

帰って来ると

 

「○○、ただいまー」

 

と声をかける。

 

庭でお花のお世話をしていると、急に不安に襲われる。

 

「限界を超えている突然心臓が止まることもあるから」

 

そう伝えられていたから、生前は息子と離れるのが怖かった。

 

その恐怖感はまだそのまま残っているらしい。

 

だから、息子の部屋にいると安心できる。

 

理屈ではわかっている。

 

もう息子はいないと。

 

でも心がそれを受け入れていない。

 

だからメソメソはしてもいつまでも大泣きできない。

 

泣いたら認めることになる。

 

考えない、思い出さない、自己防衛。

 

まるで息子がそこにいるように、生前と同じように対峙する。

 

今はそれでいいと思っている。

 

ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて悲しみを消化していくしかない。

 

毎回、おなじようなことを書いている気がする。

 

しかも支離滅裂な文章。。。

 

書くことで、少しずつ整理されていくのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

1つ前の記事に、また訳の分からないコメントがついて、ブログを書くことが億劫になってしまっていました。

 

かなり間が空いてしまってすみません。