最低な母・・・私が親じゃなければ | 凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

高校1年生の時に滑膜肉腫を発症した息子の記録です。
約6年の闘病生活。転移、所術は数知れず。
亡くなる瞬間まで生きることに全力を傾けた息子の生の姿です。
2023.11.19以降は、母の想いを綴る独り言日記に変わりそうです。

家族は第二の患者だと言う。

 

まさに私が病んでしまっている。

 

抗がん剤打ち切り宣言は、もう死を待つしかないと言われたのも同じ。

 

痩せた息子の体は、肉が無いので関節の骨が異様に目立つ。

 

大好きだったお風呂、何度言ってもなかなか入ろうとしない。

疲れてしまうから。

 

みなさんの、特に大切なお子さんを亡くされた方のブログを読むと、ある頃を境に急に弱りだし、立てなくなり、食べられなくなり、、、

 

その過程があまりにも息子に似すぎていて絶望する。

 

抗がん剤を受ける体力が無い以上、もちろん治験も無理。

 

全身に転移しているわけでも無く、左肺だけなのに。

 

なんか息子にさえもイラついてしまう。

 

もう、どうしたらいいのかわからない。

 

どうすることもできないんだろうな。

 

それでも、息子は食べる努力はしている。

 

ご飯とお味噌汁、それにおかずを3,4品。

 

全て元気だった頃の半分程度の量。

 

だけど残さずに食べるようになった。

 

座ったり、寝たままでもペダルを漕げるトレーニングの器械を自分でネットで買って使っている。

 

息子はまだ諦めてはいない。

 

なのに私の焦りや苛立ちが、心無い言葉になって息子を傷つける。

 

同じがんでも、1度の手術で治る人もいるのに、ずっと予後不良で余命が~と言いながら抗がん剤を続けて元気な人もいるのに、この差はいったいどこから来るんだろう。

 

辛すぎて、ブログを書くのも辞めて、アメーバも退会しようとも思った。

 

でもここで知り合ったお友達はここでしか会えない。

 

せっかく御縁が有ってできたお友達を失うのは悲しい。

 

所属ジャンルを変更して、あまり病気に関する投稿を見ないようにしようかとも考えた。

 

だけどそうしたら、場違いな場所で場違いな愚痴を吐くこともできない。

 

私の不安定な気持ちは少なからず息子に伝染しているはず。

 

最低な親だ。