夢枕獏『陰陽師』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  夢枕獏『陰陽師』 文春文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

平安時代に活躍した陰陽師・安倍晴明を主人公とした人気シリーズ、その第一巻です。
映画版を見てからは、読み返すたびに野村萬斎さんの姿が脳内にちらつくようになっています。ドラマ版よりは映画版派です。
それでは早速、感想の方を。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

舞台となるのは平安時代の京の都。平安は、作中の言葉を借りれば「雅な闇の時代」とのことです。素敵な表現ですよね。
どの作品でも基本的に時間は「夜」なのですが、夢枕先生が描く平安の夜は、人ならざる何かの気配を常に感じるような、不穏さと鮮やかさの入り混じった怪しい夜というイメージです。しっとりと湿った空気、草木や虫などのざわめき、ぼんやりとした頼りない灯り。
音も匂いも濃く、そしてその全てが重苦しい闇に包まれている、そんな大昔の暗く美しい夜の世界を想像しながら読みました。

主要人物は二名です。
まずは天才陰陽師・安倍晴明。
長身で色白、紅い唇の、眉目秀麗な男です。
術士としての腕前は超一流ですが、人間的にはやや癖が強く、一言で評すると変人です。ぶっきらぼうで、あまり上品とは言えない話し方をし、博雅の前では帝すら「あの男」呼ばわりする傲岸不遜な性格。
使役する式神の多くは美女の姿をしています。
彼による「呪」の講義はなかなかに面白い。

もう一人の主人公とも言える源博雅は、そんな清明の親友です。
暗闇も怪異もさほど恐れない豪胆な人物で、清明とは異なり無骨で真面目な性格の持ち主。歌や風流なことには疎いものの、「管弦の道極めた」と称されるほどの楽人であり、都人らしく雅を好む一面もしっかりと持ち合わせています。非常に実直で心優しい人物です。

この二人が、ホームズとワトスンよろしく京の都に蔓延る怪異のもとに赴き、問題の解決にあたっていくというのが物語の主な流れになります。長編ではなく、短編集のような形態です。

ベースは『今昔物語』でしょうか。
作中には琵琶法師の蝉丸や「恋すてふ」の壬生忠見など有名な人物も登場します。

ここからは各作品について。


『玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること』
羅城門の上で夜な夜な琵琶をかき鳴らす鬼、その鬼を退治するお話です。
鬼が弾いている琵琶は玄象といい、天皇家の宝物の一つ。鬼によって宮中から盗み出されましたが、こちらも清明たちの手で無事取り戻すことに成功しました。
鬼を退治した後、漢多太の魂を成仏させるのではなく琵琶に取り憑かせる、という終わり方が好きです。最後を『今昔物語』からの引用で〆るのも気が利いていました。


『梔子の女』
寺に夜ごと現れる、口のない美女の霊。
その正体は、僧が迂闊にも汚してしまった般若心経の一節、「受想行識亦復如是」の「如」の文字が化けたものでした。口の部分が墨で汚れて「亦復女是」となっていたために、「口のない女」が現れた、というオチ。洒落ですね。
清明が「如」に書き直すと女の霊も消えました。


『黒川主』
黒い狩衣姿の男に化けた妖と、それと交わり孕んだ女の話。
異常な行動を取り始める女と、彼女を毎晩犯しに来る謎の男。女の祖父である忠輔は困り果て、博雅を通して清明のもとに話を持ち込みました。
謎の男は黒川主と名乗っており、名前からも水辺の怪であることは明白ですが、その正体は歳を経た獺でした。忠輔が害獣として駆除した獺一家の生き残りです。清明の手で正体を暴かれた後は、産まれた子供と共に川へと帰っていきました。
妖の子を産んだ綾子がその後どうなったのかは不明です。真っ当に暮らせたのかどうか。
獺が意外と情深いのが印象的でした。


『蟇』
応天門の怪異にまつわるお話。
子供と蟇(ひき)が混ざって呪いと化したものが怪異の正体だったわけですが、それが生まれた経緯はなかなかに哀しいものでした。いたずらに殺生をしてはいけないという教訓でしょうか。
門に向かう道中の、百鬼夜行の描写は特に好きな部分です。瘴気と共に静かに進んでいく異形の群れ。ぞっとしました。


『鬼のみちゆき』
極悪の盗人・犬麻呂が、ある晩、牛車に乗った鬼と遭遇するところから始まります。
牛の繋がれていない牛車が、きい…きい…と軋むような音をたてながら、闇の中をゆるゆると進んでいく、その様子が何とも不気味です。
邪魔者共を屠りつつ、夜ごとに、内裏の方に近づいて来る牛車の鬼。その正体は、過去に帝と情を交わし、その後捨てられてしまった女の霊でした。
愛憎で狂った女鬼、話の通じない化け物かと思いきや意外と物分りが良く、清明が帝の髪を渡すと鎮まり、そのまま成仏してくれました。
きっと生前は善良で優しい性格の女性だったのでしょう。
この話の中で好きな場面は、博雅が清明に、女から歌を貰ったのだが、と相談するくだりです。普段の冷静さはどこへやら、おまえに歌!?とダブルだれまで使って驚愕する清明には笑いました。そんなに驚かなくてもいいでしょうに。
まあ実際に誤配送だったわけですが。


『白比丘尼』
真っ白い肌をした、美しい尼僧のお話。
見た目は二十歳前後ですが、人魚の肉を食って不老長寿を得ているため、実際は三百歳にもなるという人の身を外れた存在です。
彼女の身が鬼と化すことを防ぐため、三十年に一度のサイクルで、体内の禍蛇(かだ)という鬼を祓って肉体を一新する「禍蛇追いの法」を執り行う必要があります。前回は清明の師匠・賀茂忠行が、今回は清明と博雅の二人がこの儀式を行うことになりました。
座した女の股から這い出てくる、凶悪な見た目をした黒い蛇。清明が追い出したそれを博雅が退治して、終了です。
謎めいた白比丘尼は、非常に魅力的なキャラクターとして描かれていました。枯れぬ花。なぜ彼女が卑賤の男共に自ら身を任せているのかは不明です。
「そして、おれの、初めての女であった……」という清明の発言についても、もう少し詳しく知りたいところです。
雪の描写が、美しくも切ない雰囲気を上手く演出していました。


以上、全六編です。
相変わらず酒ばっか飲んでるな。

全編通して描かれている、清明と博雅の男同士の友情は本当に素敵だと思います。怪異のもとに赴く際の「ゆこう」の掛け合いがイイ。

会話の中で特に印象的だったのは、『蟇』でのこちら。
狐の子だという噂のある清明に対して、博雅がかけた言葉、
「ーーたとえ清明が妖物であっても、この博雅は、清明の味方だぞ」
これが大好きです。シンプルで真っ直ぐ。
清明が惚れ込むのも納得の、良い漢っぷりですね。
 

久々に読み返しましたが、やっぱり面白い。

手元には全巻揃ってないので、そのうち続きも購入したいと思います。今カバーそでの作品リストを確認したら、何冊か読んだことのないタイトルも発見しました。『陰陽師 蒼猴ノ巻』とか、多分読んでない気がします。

それでは今日はこの辺で。