【初読】 笹生陽子『僕らのサイテーの夏』 講談社文庫
今日も暑いですね。東京でも、もう普通に半袖やノースリーブの人がいます。
からっと晴れ上がっていて暑いのならまだ良いのですが、今日のようにどんよりと曇っていて蒸し暑い日はあまり好きではありません。何だか気が滅入ります。
夏っぽく、軽いお話が読みたい気分だったところ、こちらに目が留まりましたので、本日はこちらの作品を読んでいきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
主人公は小学校六年生の男の子・桃井。
彼は夏休み前の終業式の日に、友達と「階段落ち」という遊びをして怪我をしてしまいます。
「階段落ち」とは階段の何段目から飛び降りることができるか、という勇気試しの遊びです。下から五段目なら五ポイント、七段目なら七ポイント、というように高くなるにつれ得点が増えていきます。着地のときに地面に手をつけたりすると減点です。桃井の怪我の後は危ないからと禁止になりましたが、それまでは男子たちに大人気の遊びでした。
桃井は階段から落ちて左手首を捻挫し、小学生最後の夏を包帯とギプス、三角巾と共にスタートします。更に、危険な遊びをしていた罰として、夏休みの日中を学校のプール掃除に費やすことに。自業自得とはいえ、少し可哀想です。
最初は様子を見に来てくれた友達もすぐに来なくなり、桃井の話し相手になりそうなのは、一緒に掃除をしている二組の栗田しかいません。が、桃井は彼のことをいけ好かないやつだと思っているため、挨拶以外はほとんど声をかけず、栗田の方もそれを察してか自分からは話しかけて来ないので、結局お互い黙々と掃除をしています。昼食も離れて食べます。
桃井が栗田を嫌う理由は察しが付きます。
感情の起伏が激しいザ・下の子タイプの桃井には、大人びていて一匹狼で、それでいて面倒見の良い性格の栗田が鼻につくのでしょう。「嫌い」の正体は、嫉妬と憧れ混じりの苛立ち、といったところだと思います。
栗田との距離が近づいたのは、ある夜に妹を連れた彼と道でばったり会ったのがきっかけです。
その時は何となくいつもより会話が続いて、そうしたら、その次の日からは気付いたら二人で並んでお昼を食べていました。
この自然な距離感の変化は非常にリアルに描かれています。ふとしたきっかけで、何となく仲良くなっていく。実際の人間関係も結構そんなものだと思います。
桃井は負けず嫌いでキレやすく、子供っぽい性格ではありますが、小六男子にしては聡明な方です。引きこもりの兄に単身赴任中の父、ストレスで家事の手を抜くようになった母。この中でも不貞腐れずに率先して家の手伝いをしたりと、非常に家族思いでもあります。
兄のトオルが外に出られるようになったのも、桃井のおかけでしょう。二つ上のトオルは文武両道で性格も明るく周囲から将来を期待されていましたが、入学した有名私立中学の勉強について行けなかったのをきっかけに荒んでしまい、しばらく部屋に引きこもっていました。それでも、弟と二人で夜に散歩するようになってからは、少しずつ普通に話したり笑ったりできるようになっていきます。栗田の妹・のぞみちゃんとトオルのコンビは結構好きでした。
桃井と栗田の友情も、日に日に強くなっていきます。
プール掃除最終日には、頑張ったご褒美としてプールで泳いでも良いという許可が降りました。二人きりの貸し切りです。
興奮してはしゃいだ後、ぷかぷかと水に浮きながら二人が話をする場面は作中で一番好きな部分です。ゆったりとした時間の中、とりとめのない、けれど大切なことをぽろぽろと語り合っていく二人。お互い複雑な家庭で生活しているからこそ、何か通じ合うものがあったのかもしれません。
その後、栗田は家が火事になったのをきっかけに住んでいた場所を離れることになりました。それでも、その後も桃井と栗田の友情は続いています。ラストでは、翌年の夏、中学生になった桃井のもとに同じく中学生になった栗田が遊びに来る場面が描かれています。
中学生になった途端、桃井が突然大人っぽくなるのには驚きました。精神面の成長が著しい。一章で「階段落ち」で負けたのに納得できず、勝ち逃げなんてずるい、もうワンゲーム、と喚き散らしていたのと同一人物とはとても思えません。最終章では非常に落ち着いた、思慮深い人間になっています。男子三日会わざれば、とは言いますが、成長期ってすごいですね。
タイトル『ぼくらのサイテーの夏』、この「ぼくらの」というのが好きです。
桃井と栗田、双方の人生にとって大きな意味を持つことになる、あるべくしてあった夏、忘れられない夏、そういった意味が込められているのでしょう。素敵です。
小六男子の一人称小説なので、言葉も易しく、読みやすいです。短くストーリーも単純で、すぐに読み終わりました。
笹生さんのデビュー作だそうです。
主人公の内面描写が丁寧でした。面白い作品だったと思います。
それでは今日はこの辺で。