【再読】 誉田哲也『武士道シックスティーン』 文春文庫
本日はこちらの作品を再読しました。
高校の剣道部をテーマとした作品です。
主人公は二人の女子生徒。
青春を剣道に捧げる彼女らの様子が、それぞれの視点から交互に描かれていきます。
それでは、内容について書いていきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
一人目の主人公・磯山香織は武蔵を心の師と仰ぐ剣道狂いです。警察官の父を持ち、幼少期からずっと剣道中心の生活を送って来ました。「あたしの前に立つ者は誰であろうと斬る」と公言して憚らず、勝ち負けに対して異常にこだわります。ちなみに三白眼です。口も態度も悪く、すぐに殺すぞ貴様と凄む物騒な性格の持ち主。
その粗野な性格とは反対に、竹刀の構えは美しく、無駄のない動きで剣を振るうのが特徴です。一撃一撃が速く、重く、試合の際には激しい猛攻を仕掛けてさっさと勝負をつけてしまいます。そして掛け声は滅茶苦茶勇ましいです。
全中二位の実力者ですが、横浜の小さな地域大会で甲本という無名の選手相手に敗北を喫してしまいます。悔しさを噛み締め、リベンジを誓う香織。その甲本と、もう一人、岡巧という先輩男子生徒を「斬る」ために、強豪校からの推薦をことごとく蹴って東松学園高校に入学しました。
もう一人の主人公・西荻早苗は、香織とは対照的にふわっとした性格で、剣道は好きですが勝ち負けにはあまりこだわりがありません。「お気楽不動心」がモットーです。剣道を始めたのは中学からで、踏み込みが浅く、打ち込みが弱く、気迫も無く、弱くはないものの公式戦での戦績は微妙、というそこそこの実力の持ち主。ですが、日本舞踊を下地とした独特の足運びと、更に、人の動きを真似るのが得意、という特徴的な強みがあります。作中人物の言葉を借りて言うと、「キャリアはないけどセンスはいい子」です。
旧姓の「甲本」でエントリーした大会でうっかり香織に勝利してしまったせいで、彼女から目をつけられ、一方的に敵対視されることになった可哀想な女の子です。
香織と早苗は、東松学園の剣道部で再会を果たします。
早苗が「甲本」だと分かった途端、物凄い勢いで突っかかっていく香織の狂犬っぷりは何度読んでも笑ってしまいます。防具もつけずに直での打ち合いを強要し、容赦なくドウを打って怪我をさせた上で、実力が安定しない早苗に対して、お前はもっと強いだろ、あたしに勝ったんだから、とキレる香織。早苗からしたら、ただただ理不尽で怖い人でしかありません。
これに関してはさすがに、香織も後でやりすぎたな、と反省してはいましたが。
この作品の一番の魅力は、やはり磯山香織でしょう。個性が強すぎます。
三百六十五日、一日も欠かさずに竹刀袋を担ぎ、中学の頃は部活と道場を毎日ハシゴしていたという筋金入りの剣道馬鹿です。高校の入学式当日も、般若が描かれた竹刀袋を背負って登校しました。部活ないのに。こんな明らかな変人に臆することなく声を掛けに行く早苗もなかなか肝が座っています。
昼休みの過ごし方も独特です。弁当はいつもアルミホイルで包んだ握り飯とお新香。食べ終わったら武蔵の『五輪書』を読みながら鉄アレイで筋トレ。『五輪書』は出版社ごとに買って読み比べるほど愛読しています。その他、武蔵であれば吉川英治の原作は勿論、司馬遼太郎や藤沢周平の作品も読み込んでいます。ここまで来ると完全に武蔵オタクですが、本人はオタク扱いされるのはムカつくようです。ちなみに『バガボンド』も読んでいるそうです。面白いですよね、あれ。私も好きです。連載再開、ずっと待ってます。
基本的に剣道とは斬るか、斬られるかしかない、という考えの香織は、勝負に対する見方がかなり独特です。
本文ではさらっと流されましたが、中学の体育祭について回想する場面での香織のモノローグは、特に印象的でした。
学年で三本の指に入るほど足が速いものの、よーい、どんで走って勝敗を決める陸上競技は苦手だという香織。
【スタート前に全員叩きのめしてしまえばいい。そうしたら、悠々と歩いてゴールできる。それが戦いというものだろう。兵法であろう。】
お前は武者か、と言いたくなります。卑怯卑劣を是とするわけではないものの、香織は勝ちにこだわるあまり、時には手段を選ばず反則スレスレの行いをすることもあります。
また、関東大会の団体県予選では、試合前に階段から落ちて左手首が真紫に腫れ上がるくらいひどい怪我をしたのにも関わらず、それを隠して先鋒として戦い、勝ちをもぎ取った後に気絶しました。
こんな感じで一人だけ戦国時代の武者のような価値観で生きているので、当然、部内でも浮きっぱなしです。おまけに実力至上主義で自他共に対して厳しく、先輩の試合にも容赦なくダメ出しする上に口が悪い。本人には悪気はなく、ただちょっと剣道に対して情熱的すぎるだけなんですけどね。
視野狭すぎ、熱くなりすぎの香織に対して、早苗の方は肩の力が抜けていて視野が広く、自分が「楽しむ」ために剣道をやっています。個人での試合に対しても、勝ったら嬉しい、だから勝ちたい、というその程度の気概しかありません。勿論勝負には真剣ですが、香織のような必死さ、貪欲さは欠片も持ち合わせておらず、香織にはそこが気に入らないようです。
どちらかというと早苗は、勝敗にこだわらない、というよりも「こだわりたくない」んですよね。「剛」の剣を求める香織に対して、早苗は根っからの「柔」であるという印象を受けます。それも、きちんと芯のある「柔」です。
こんな正反対で凸凹な二人が、同輩として共に稽古し、団体戦ではチームメイトとして一緒に戦っていくことになります。
香織は早苗の実力を誰よりも評価しており、早苗の方も香織のことを強く意識しています。が、この二人は性格も剣道への向き合い方も全くの正反対なので、事あるごとに衝突を繰り返します。
二人の衝突で特に印象的な場面は、香織が、早苗の独特な足運びが日本舞踊の影響だと知った後の、教室での一場面です。
自分の全てである剣道は、早苗にとっては辞めてしまった舞踊の代用品でしかないのだ、と解釈し、お前のは剣道じゃなくてチャンバラダンスだと馬鹿にする香織。その言葉にはさすがの早苗もブチ切れ、あなたなんてただの武蔵オタクじゃない、私に負けたことが悔しいだけでしょ、と言いながら香織の文庫本を床に叩きつけます。それを見て般若のような笑みを浮かべた香織は、本を拾おうとした早苗の手を上履きで思いきり踏み躙りながら、稽古でもその意気でかかってこいよと言い残して去って行きました。後に残された早苗は、痛みと、言い過ぎた後悔と、いつまでたっても香織と仲良くできないことへの悲しみでボロボロ泣いてしまいます。
まあ、この場面はどちらかというと香織の方に非があるでしょう。早苗が日舞の代用としてではなく、剣道そのものが好きなのだということぐらい、きちんと彼女を見ていれば分かるはずです。それに手を踏むのはどう考えてもやり過ぎでした。
この二人の距離はなかなか縮まりませんが、それがかえってリアルです。近づいたり、離れたり、頑固で不器用な香織と、お気楽で根に持たないタイプの早苗は良いコンビだと思います。
そして意外と、早苗の方がメンタルにブレがありません。強気に見えて、一度落ち込んだり迷ったりするとどんどん落ちていってしまう香織に比べて、早苗は怒りも悲しみもすぐに水に流せてしまう性格なので、もしかするとメンタル的には早苗の方が強い可能性すらあります。お気楽って凄い。
そう考えると、この作品の主人公はやはり香織ですね。武蔵と兵法に縛られていた香織が、早苗や剣道部の面々との出会いを通じて、純粋に剣道が好きだった頃の自分にかえっていく、それがこの物語の一番大きな筋となっています。間にそれぞれの家庭の問題なども挟まれますが、基本的には香織の成長物語です。最終的に、香織は武蔵を卒業して「武士道」にシフトチェンジしました。一人きりで強さのみを追い求めるのではなく、もっと別の方向から剣道と向き合うことに決めたようです。
その後、早苗は両親がよりを戻したことで九州に転校になってしまいます。
密かに落ち込む香織でしたが、新年度のインターハイ会場で「甲本」として福岡の強豪剣道部に所属している早苗と再会します。
二人は来年のインターハイで勝負することを誓い合い、握手をして別れました。
非常に爽やかな終わり方です。
結局のところ香織も早苗も、お互いのことが好きなんです。最高の好敵手同士です。
続編として『武士道セブンティーン』、『武士道エイティーン』、それから『武士道ジェネレーション』の三冊が出ていますが、私の手元にはなく、すぐに読むことができません。残念です。最後に読んだのは結構昔なので、内容もよく覚えていません。エイティーンに私の好きな緑子さん(早苗のお姉さん)の話があったのだけは覚えていますが。
この作品は、剣道についての説明も丁寧なので知識のない方でもすいすいと読み進めることができると思います。
試合は団体戦の方がメインですが、話の内容としては香織VS早苗の構図なので、どちらかというと個人競技が好きな方に向いているかもしれません。
体育会系女子高生の青春小説に興味がある方は、ぜひ読んでみて下さい。
それでは今日はこの辺で。