金沢伸明『トモグイ』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【初読】  金沢伸明『トモグイ』 双葉文庫

 

 

妹から借りました。

『王様ゲーム』と同じ作者さんの作品なんですね。

物語に直接関係するわけではありませんが、テレビから、若い男女の変死体が海から引き上げられたとの報道が流れてくる場面があります。その二人は呉広高校に通う高校生とのことで、まず間違いなく『王様ゲーム』のあの二人でしょう。どうやら時系列的には「終極」の直後のようです。

一人の生徒の死から始まり、クラスメート同士をそそのかして殺人をさせる黒幕と、それに対抗しようとするグループを描いたお話です。ファンタジー要素や現実離れした設定はなく、『王様ゲーム』ほど死人は出ませんでした。

さっそく、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

七海先生、恐ろしいですね。

彼女の場合、真っ当だった精神が四年前の教え子の自殺をきっかけに歪んだ、というよりは、生まれつき歪んでいたのがその事件をきっかけに自分の歪みを自覚した、という方がしっくりくるような気がします。

良識的な教師のように振舞ってはいますが、終盤で明かされた彼女の本性は真っ黒。悪意と憎悪の塊です。黒幕その一の和義や、乱暴者でシンプルにクソ野郎な隼人が可愛く見えるレベルです。

独善的な理想を掲げ、「愚か者は愚か者しか産めないのだから、子供を産む前に殺してしまえ」という過激な思想で行動していますが、私にはその理想すらなんだか薄っぺらいものに感じました。個人的に、七海は未来ある若い人間を殺すことそれ自体に快感を覚えるタイプのサイコパスだと解釈しています。ままならない世の中や、自分を子供の産めない体にした「高校生たち」への復讐、というのももちろんあるとは思いますが。

 

時折出てくる情報から、七海が四年前に生徒を自殺に追いやったらしい、ということは分かっていましたが、それを抜きにしても彼女の怪しさはちょくちょく描写されていたように思います。

例えば、差出人不明の赤い封筒や紙粘土の頭を見ても、驚いたり訝しげな顔をするくらいで、ほとんど怯えた様子を見せませんでした。読んでいて、普通はもっと気味悪がったり怖がったりするのでは、と不思議に思った場面です。今になって思えば、ああいう小さな違和感を感じさせるような描写も、彼女の常人とはかけはなれた精神を示す伏線だったのかもしれません。

 

 

物語の展開についても思ったことを。

この作品の特徴としては、主人公らしい主人公がいないという点が大きいのではないかと思います。

主人公と言えそうなのは、章題にもなっている美樹、蓮、和義の三人あたりでしょうか。七海と宮田は重要人物でこそあれ、主人公という感じではありませんし、愛里はどちらかというとヒロインです。

複数の人物の視点が入れ替わるつくりになっているため、誰が消えて誰が生き残るのか、展開を予想することが非常に難しかったです。

 

物語の前半部分は男女関係の描写が多く目につきました。

宮田と美樹、隼人と楓と真紀子。手も繋いだことのない宮田と美樹はともかく、隼人と楓と真紀子の三角関係はひどいことになっています。主に真紀子の嫉妬による暴走が原因です。また、会話の中で普通に「体を使って」だの「ピルを飲んでいる」だのという言葉が使われているのですが、今日びの高校生はこれくらい普通なんでしょうか。ちょっと早熟すぎませんか。

 

楓の退場が早かったのは意外でした。もっとしぶとく終盤まで活躍するキャラクターだと思っていましたが、序盤であっさりと美樹に殺されて美樹と真紀子によって神社の敷地内に埋められてしまいました。

 

また、その後の、地面から腕が突き出ているのは怖い場面でした。自分が殺して埋めたはずの人間が出てこようとしている、私だったらその光景を目にした瞬間に気絶していると思います。自分のしてしまったことを後悔しつつ、結局、ゴミトングを土中の胴体に突き刺して完全に息の根を止め、腕を埋め直してその場を立ち去ってしまう美樹。まあ、もうそうするしかありませんよね。鋭い刃物ではなくステンレス製のゴミトングの先で力任せに刺殺、というのがなかなかにえぐいです。

実は、その時に美樹が刺し殺したのは楓ではなく、何者かによって生きたまま埋められていた真紀子だったのですが、彼女はそのことには気がつきません。

楓の後釜の悪女キャラとして活躍するか、と思われた真紀子ですが、大した見せ場もなく退場してしまいました。

 

物語の中盤あたりから、いかにも主人公っぽい、正義感のある男子・蓮とミステリアスな少女・愛里が活躍し始めます。

この二人の関係は年相応という感じがして良いですね。蓮が愛里の部屋にお邪魔するくだりはなかなか微笑ましかったです。この二人、お似合いなのではと思いましたが、終盤で溺れた蓮に人工呼吸をしたのは美樹の方でした。そこは愛里にさせてあげてくださいよ。

また、この辺りから事態を陰で操っているのがクラスメートの一人、和義であるということが明らかになります。

 

江刺和義、彼は物語の黒幕その一です。いじめられっ子の冴えない男の子ですが、自己愛傾向が強く、心の中では他人を見下しているような人物。キレさせると一番まずいタイプの人間です。まあ、これだけであれば別に珍しいタイプでもありませんが、問題は彼が歪んだ正義感の持ち主で、さらに人の心を操る天才だったという点です。

昨日読んだ短編の一寸法師にしろ、普段は何をされてもヘラヘラと笑っているような人間が、突然むき出しにする悪意というものは凄まじいですね。この和義にしても、やり方に容赦がありません。

特に、宮田を自殺に追い込む場面の手際は鮮やかでした。

あの場面、宮田はもう少し自分の彼女を信じてあげるべきだったと思います。美樹の方もたいがい思い込みの激しいタイプなのでお互い様ですが、美樹の愛の深さに対して、彼女を信じることができなかった宮田の弱さはただただ哀れでした。もちろん、一番悪いのは彼の心の弱さにつけ込んだ和義なのですが。

和義は、やっていることから考えるととんでもない外道ですが、善人である蓮に惹かれたりと、善悪の判断基準は一般的なあたりが独特です。また、人に対する情も普通に持ち合わせています。

 

個人的に、和義まわりの話で一番可哀そうな目に遭ったのは千夏ちゃんだと思います。彼の初恋の相手ということで引きずり出された挙句、巻き込まれて犠牲になってしまう。本人もある程度の事情は知っていて蓮たちに手を貸してくれたのだと思いますし、和義を助けたいと思う気持ちも本心からのものだったのでしょうが、その好意の結果があの最期だと思うと、やりきれません。

 

和義は、自分の障害になると判断した相手は、容赦なく排除できるタイプの人間です。それこそ、情など関係なく。

彼のモノローグにもあったように、「僕は、自分が正しいと思ったら絶対に譲らない」というのが、彼の本質なのでしょう。

そして、そんな狡猾で冷徹な彼の最大の失敗は、学校の作文でそういった自分の内面について書いてしまったことです。

 

【自分は正義で、自分の行いは正しい。何も間違ってはいない。僕は、自分が掲げる理想の世の中を目指している。僕は神になりたい。】

この作文のせいで彼は七海に目をつけられ、利用されてしまう結果になりました。惜しかったですね。『DEATH NOTE』の月くんくらい本心を隠すことができれば、もう少し高みにいけたかもしれないのに。

結局のところ、彼は子供だったのだと思います。正義感があったのは事実でも、彼の言う「理想の世の中」は「自分に都合の良い世の中」でしかなく、社会についても人間についても、全てを知っていたような気でいただけで、実際は思春期の子供の狭い見識の中でしか物事を捉えることができなかった。そのため七海のような本物の怪物には敵いませんでした。

 

最終的に、自分は罰を受けるべきだと認識し、隼人を道連れにして焼身自殺します。最後に流した涙が印象的でした。

 

一緒に死んでいった隼人に関しては、彼のこれまでの横暴な振る舞い、下品で卑怯な言動、特に「童貞喪失同盟」のくだりが最低すぎたので、死んでしまって悲しいとは特に思いませんでしたが、ただ、可哀そうだとは思いました。裕福で見た目も良く、スポーツ万能で女子にもモテる、多くの人が羨むようなものを持ち合わせていながら、なぜそこまで性根が捻じ曲がってしまったのでしょう。なぜ、弱者の気持ちを考える、ということが微塵もできなかったのでしょうか。

彼からは、わがままな子供がそのまま大きくなってしまったという印象を受けました。来世では、優しさや思いやりの心を見つけられると良いですね。

 

作品の最後では、エピローグのように5年後の様子が語られます。

美樹は心神喪失状態、家族からの問いかけにも反応しない、ほぼ廃人状態です。

愛里は進学したのち新聞社に就職。真っ当な人生を歩んでいるようで、何よりです。

蓮は教師になって母校に赴任します。明るくて爽やかな良い先生のように見えますが、これ、おそらく闇落ちしていますね。七海を「恩師」と呼んでいること、使い込まれた赤い手帳、最後に呟いた意味深なセリフが不穏すぎます。

七海の現在については語られませんが、どこかで教師をしているのではないでしょうか。たぶん元気にやってます。

 

残酷な描写が多く、終わり方もハッピーエンドとは言い難いですが、面白かったです。

文章もライトなので、娯楽作品として楽しんで読むことができました。

調べてみたら、コミカライズもされているようです。絵にして大丈夫なんでしょうか。昔読んだ『王様ゲーム』の漫画版はかなりグロかった記憶がありますが、それと同じくらいなのかな。

そのうち『王様ゲーム』の方も読み返したいと思います。

では。