【再読】 橋本紡『彩乃ちゃんのお告げ』 講談社文庫
新興宗教の「教主さま」である彩乃ちゃんは、不思議な力を持った女の子。
こちらの作品は、年齢も住んでいる場所も異なる三人の主人公が、彼女との出会いを通して未来への一歩を踏み出していくお話です。
彩乃ちゃんは彼らの日常の中に突然現れては去っていく、不思議な女の子として登場します。
久しぶりに再読。忘れている部分が多かったので、新鮮な気持ちで読むことができました。
感想を簡単に書いていきます。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
第一話『夜散歩』。知人の頼みで突然彩乃ちゃんを預かることになった女性、智佳子の物語です。
大人しい性格の彩乃ちゃんが、一緒に生活していくにつれ少しずつわがままを言えるようになるのが良いですね。智佳子は面倒見の良いお姉さんなので甘えやすいのでしょう。まだ小学五年生なんですから、もっとわがままや生意気を言ったりしても良いのに、とも思いますが。
お話のタイトルにもなっている夜のお散歩は素敵な場面でした。お別れの前の思い出づくりですね。帰ってきてから二人がお風呂でふざけたり歌ったりするシーンも印象的です。友達のような、年の離れた姉妹のような、当初のぎこちない関係から一変し、二人が無邪気に笑い合っている姿にほっこりしました。
お別れの日、彩乃ちゃんが最後にかけた言葉
「その道はぴかりと光ってるよ」
には、ただの確信以上の、智佳子の幸せを願う彩乃ちゃんの思いが込められているように感じました。
個人的に、最も彩乃ちゃんを「一人の女の子」として身近に感じることのできたお話です。
第二話『石階段』。
将来や恋、悩みと焦りを抱えつつ、がむしゃらに石階段を土中から掘り出す主人公・辻村。多感な男子高校生です。
悩んでいるときは体を動かすにかぎります。それで何が解決するわけでもありませんが、とにかく気分は晴れますし、目的を持って働いている場合はなおさら、間に余計なことを考えている暇なんてありませんから。
石階段を掘るうちに、少しずつ山と、木々や風と一体になっていく辻村くん。自然の力は偉大です。
それから、澤口さん、彼女は本当にいい女です。見る目があります。主人公とはお似合いのカップルになるでしょう。
彩乃ちゃんはおにぎりの差し入れ係として登場し、終わり近くでようやく活躍を見せてくれます。彼女との関係は他の話ほど深くは描かれないものの、辻村くんはその後もあの「不思議な女の子」のことを時々思い出すのではないでしょうか。
爽やかに終わったお話でした。
第三話『夏花火』。主人公の佳奈は彩乃ちゃんと同い年の女の子です。
印象深いのは、宝物のマニキュアを佳奈に勝手に触られて、彩乃ちゃんが激怒するシーン。私の特に好きな場面です。礼儀正しく万事に対して控えめな彼女が、感情をあらわにして怒ってくれたことが何だかとても嬉しく感じました。あのマニキュアは智佳子から貰った、大切なものですからね。
最初のうち、佳奈は少し見栄っ張りで自分本位な性格に感じられましたが、よく考えてみれば小学五年生の女の子なんてこれくらいが普通ですね。小五の時の私はもっと嫌な奴だった記憶があります。それに比べたら佳奈のほうがよほど素直で思いやりの心があります。慣れない環境、ぴりぴりした両親、そこに突然知らない女の子と一緒に生活することになるなんて、結構なストレスのはずです。居心地の悪い思いをしているのは彩乃ちゃんも同じでしょうけれど。
夏祭りの後の、お別れの日の会話。少し切ないけれど良いシーンでした。不思議な力で、いろんな人が少しだけ幸せになるのを手助けする彩乃ちゃん。彼女の幸せはどこにあるんだろう、と考える佳奈。同い年だからこそ、普通の女の子とは違う彩乃ちゃんの生き方に疑問を持つ佳奈の姿が印象的でした。
「もう十分貰ったから」と笑う彩乃ちゃん、その言葉は本心からのものだったと思います。マニキュア、ペンダント、ビーズの指輪。三人との出会いを通じて、彼女自身も、自分の生き方を確信することができたのでしょう。佳奈が納得できない気持ちも分かりますが、誰かの背中を押すために生きることがきっと彩乃ちゃん自身の幸せなのだと思います。
彩乃ちゃんを一人の女の子として捉えると、最後の佳奈との会話は少し切ないものに感じられます。
日常の中にふっと現れては転機の前で背中を押してくれる、不思議な優しい女の子。どことなく妖精や、天使のような存在。
気づかないうちに私も彼女と出会い、何らかのお告げをもらっていたのかも、とそんな気がしてきます。
ぬくもりを感じさせる、優しいお話でした。
では。