マンガ・コース講師 -3ページ目

講義系マンガ論(前期)のレポート課題

●専門学校以外の大学では、前期定期試験の際にはペーパーテストは

行っていません。レポート課題を提出し、それを読む。

 課題テーマで、繰り返し提出しているのが『半神』(萩尾望都)について

の400字5枚程度のレポートです。読書感想文を書いてもらうのではなく

三問ほどの質問を出し、記述してもらう。

 『半神』をなぜ取り上げているのか?

 それは、学生たちのマンガを読む意識に「深さ」を持ってもらいたいから

なのです。マンガは分かりやすい。マンガは簡単に読める。楽しい。という

常識的な捉え方から脱出してほしい。そういった願いから、この作品を課題

にしている。


★『半神』はたった16ページ程度の短篇だ。

<簡単に読める>果たしてそうだろうか?この作品はかつてはシャム双生児

と呼ばれた、体がお互いにつながったまま生まれてしまった双生児の悲劇を

扱っている。天使的に美しいが言葉を話せず、知恵の全く無い無垢のユーシー

と、しなびたキュウリのような無様な顔立ちだが、しっかりした知性を持つユー

ジー。ユージーの体から送られる栄養でしか生きられないユーシーだ。

 全ての面倒はユージーが行っている。ところが、周囲の家族、知人たちは

天使のようなユーシーをしか褒めない。

 そこからユージーのユーシーに対する憎しみが生まれてきた。彼女を殺し

てしまえば自由になれる…とまで思い詰めるのである。


●<楽しい>マンガではない。

彼女たちは14歳に達したとき、医師はこのままだと、ユーシーの吸収する

栄養の量が多く、ユージーの臓器が耐えられず、壊れてゆき死に至ると

判断した。切り離さなければ、どちらも死んでいく。切り離せば、ユーシーは

人工栄養で生きるしかなくなり、長い生命は期待できない!

 このような状況に至ったとき、人間達はどう考え、どう決心するか?作者は

この大問題について、短いページで大胆な展開を描く。それは悲しい結末で

あるが、読者に深い感動を与えるものとなっている。

 それは何故か?それはこの物語に<正解は無い>からだ。


★このマンガは簡単に<分かるものではない>ということです。

 <分からない>ことでも感動を表現出来る。マンガにもそうした力が有る。

それに気が付いてもらうには、まことに好適ともいえる作品なのだ。だから

レポートの問いは、学生自身深く考えてから書くような問いになっている。

 ユーシ-の死は仕方が無い、ユーシーの死は認められない。その二つ

の意見のどちら側に立っても、採点で優劣は付けないことを、予め生徒に

告げておくことが、このレポートの「キモ」と、ぼくは考えています。

 どのように「思考して」どう「論理を組み立て」て「自分の考え」を述べるか

という、その筋道がしっかりしているかを採点している。


●近年、生命倫理の問題が大きくとりあげられています。

 その視点からも、この作品を考えてもらうように、授業内でも『半神』を

読む~という時間を設けている。この講義を繰り返すうちに『ブラック

ジャックによろしく』でもダウン症で生まれようとする双子の物語が描かれた。

 この作品への言及も抜かすことは出来ない。答えの無い作品は、常に

新しく考え直して取り組まねばならない、というのもぼくのスタンスです。

 若い学生たちは、ほとんど古い作品を知らないし、読まない。萩尾作品も

彼女達の母親たちの世代に多く読まれた。彼女は現役だが、読者層は

高年齢が圧倒的である。しかし、ぼくはあえて彼女の作品を取り上げている。

 通年の場合、後期のレポートはさらに古い『トーマの心臓』が課題であ。

初めての授業の日に

●大垣女子短期大学での「マンガ史」講義の初回は、半期の

ガイダンスや自己紹介をまず行った。

 若い彼女たちは、ぼくがどのようなマンガ家なのかはまず

ほとんど知らないわけです。彼女たちの父親世代ならば、

多少は知っている人はいるだろうが…。

 紹介のあと、今度は彼女達が普段どんな内容の雑誌を読んで

いるのかを、順番にしゃべってもらった。それで驚いたのは、まず

「なかよし」「りぼん」等の雑誌を殆ど誰も読んでいなかった!とい

うことである。逆に「少年ジャンプ」の読者が四~五名居た。あとは

ゲーム雑誌とファッション誌などである。

「少女マンガ誌読まないで少女マンガを描こうっていうの??」

 と、ぼくは率直に言ってみた。


★最初の出会いということもあって、その言葉に対しては何の

反応も無かった。しかし、これは現在では当たり前の状況なので

ある。彼女たちは、それぞれ自分の好きな単行本でマンガを

読んでいるようだ。

 しかしぼくから言わせれば、マンガ投稿での入選を目指すので

あったら、これではダメである。雑誌個々の編集方針は、似ている

ように見えて「違う」のである。その差異が見分けられぬようでは

入選はかなり困難になるといっても良い位だ。

 その雑誌編集部が、現在なにをどう求めているのか?誌面に

欠けていて必要とされているのはどのようなマンガなのか?は

単行本をいくら読んでいても感じることは出来ない。

 自分が描きたい作品のジャンルや質を一番発散している雑誌

をまず見つけ、その本を継続的に読む。これが大切なのだ。


●それで、大垣女子短期大学では、一階の休憩フロアーに、

各種の有名マンガ雑誌の新刊を揃えて置き、誰でもいつでも

自由に閲覧できるようにした。

 図書館も持っているが、それとは別にである。そうした場所の

余裕を持たないぼくの行く専門学校は、その点でかなり貧弱だ。

 五百巻石ノ森全集が出るというので、購入してくれと申請した

ら理事会でNOとなった。それでも文句を言うと、理事長宛に

直接の理由申請書を書け~という。書いたらとりあえず一期

だけOKしてくれたが、ごたごたしているうちに売り切れてしま

った!机だけで、ソフトに金をかけずとも生徒が応募してきて

小型ビルを増築中だったので、こちらばかりに金が流れて

いたのであろう。ガッカリであった。


●しかし、ソフトを充実しているということは、自然に人材の

(講師&生徒)のレベルアップにつながっていくのだと思う。

事実、大垣の短大はコンスタントにプロ作家を生み出して

いるのだ。コンテスト入賞者が多い。

 ぼくの関係する専門学校の方は、一期生に「少年ジャンプ」

本誌掲載者、二期生OBの研修生から、プロデビューが一名。

あとは数名がアシスタント採用。webデザイン・イラストで活躍

が一名程度の実績に終わっている。

 専門学校というよりは趣味の延長学校に成りかねない脆弱

さを抱えて継続されているということだろうか。非常勤講師は

経営方針に口をはさめる存在ではないので、この点で弱い。

一度、応募学生が急減!という体験を経ないとダメなのかも

知れない。


[『漫画の構造学!』執筆へ


●「マンガの描き方」といったハウツー本は古くから有る。

しかしこれは講師が教室で直接教えるので、不要なのだ。

大垣女子短期大学では、シナリオの講師も、ぼくが来ない

隔週でやってくることになるという。

 だからぼくが教えるべきことは、マンガの歴史やマンガ

そのものの構造などを、マンガを描こうという者が常識として

知っておくべきことを、まず伝えることにあると思った。

 どのようなこと、どんなきっかけから、人間はマンガを描き、

マンガを読むようになったのか?そして、それはどんな社会

状況のなかで、どう発展してきたのか?

 その進化のなかで、どのような構造を持つようになったのか。

実際のマンガ作品を読む過程で、それを分析し、現代のマンガ

がどう構成されて出来上がっているのかを知る。

これが大切なことだと考えた。


★そんなことは知らずともマンガなんか描ける。

 わたしたちは既に描いています。それが、もっとうまくなり、

コンテストに入賞してプロになりたいの!と、多くの若者は言う

だろう。ぼくだって、そんなことは何も知らずに描いてプロになった。

 しかし、それは日本のマンガがシンプルな構造のままで描かれて

いたからだ。

 そしてぼくはマンガがどんどん複雑な構造を持つようになっていく、

その渦中で作品を描いた。

だからこそパロディ・マンガが描けたのである。構造を知らぬ者には描けない。

描いても精々、ダジャレ的で終わったり、パスティーシュの段階にしか到達し

ない。 現在の状況を見よ。コミケなどの同人誌の世界だけでも、非常に複雑な

マンガ構造を持っている。ましてプロの世界をやである。

自分が、その「マンガ世界」の中で、どこを目指すのかも知らず、無知のまま

作品を描き散らしてても、通じはしない。


●ぼくはそのガイドブックを描くつもりで、自分でテキストを書き下ろす

ことにした。学期がスタートするまでたっぷり時間が有ると思っていたのに、

状況は逆転した。

印刷し冊子にしてもらう時間を考えたら、三、四ヶ月しか執筆時間が無い。

 あれやこれや自分がこれまで買い集めてきたマンガ関係の文字本を

引っ張り出し、歴史の流れから書いていくことにした。

誰がこの原稿を本にしてくれるだろうか?文字本編集に

はほとんど知人の居ないぼくである。まして学校テキストだ。

 購入する学生が数千名、確実に確保できていれば出そうという版元は

有るだろうが、一クラス数十名では!そんなことは考えても仕方が無い。

 講義録だと思って書く。やるっきゃないぜ!

そう思ったら筆はどんどん進んでいった。