会社が倒産してからもHさんとの交流は続いた。
梅田、心斎橋、なんば、江坂
色々なところに飲みに連れて行ってもらった。
自分はその頃は一人暮らしで転職を繰り返してたりしてお金が無かったが、
HさんもHさんで大変な時期だったのでお金はなかったはずだったが、
いつも必ず飲み代は全額出してくれた。
「出世払いで大丈夫ですよ!」
レジ前で赤い顔をして支払いをしながら、いつもHさんはそう言って笑っていた。
月日は流れ、僕が結婚したくらいから、
Hさんも気を使ってかあまり連絡してこなくなった。
もしかしたら仕事が軌道に乗り始めて忙しくしているのかもしれなかった。
お互いの近況も分からなくなってきていた2015年のGW、
久々にHさんから着信があった。
その時ぼくは連休で外出中だったこともあり、
また長電話になりそうな予感もしていたので出ずにいた。
Hさんのことだからまた後日改めて連絡くれる。
そんな年下の甘えで、その後こちらからあえてかけ直すこともしなかった。
それが良くなかった。
Hさんからの最後の連絡になるなんて
その時は思いもしなかった。
いや、思えるはずがないではないか。
その数か月後、
ほんとたまーーーにしか見ないフェイスブックにログインしたとき、
「○月○日はHさんの誕生日でした」との表示が目についた。
あー、そういえばHさんから連絡ないなあ。
元気にしてんのかな?
なんて軽い感じで彼のページを見た。
そこには、友人の方たちからHさんの誕生日を祝う
書き込みがいくつかあった。
あの人何歳になったんやろ?
そんな感じでいろいろ読んでるとふと気になるコメントが。
Hさん、誕生日おめでとう!
と言いたいところだけど・・・
そちらの世界はどうですか?
ん?
そちらの世界?
どういうことだろう。
すごく気になる。
ちょっと嫌な予感がして
コメントを書いたその見ず知らずの人に
メッセージを送って聞いてみた。
Hさん、何かあったのでしょうか?って。
数時間後、その人は親切に返信をくれた。
Hさんが7月に亡くなったこと。
葬式等は身内だけで済ませたこと。
友人だけで何かできないか考えていること。
僕はそれを何度も繰り返し読んだ。
でも何度読んでも信じられなかった。
あのエネルギーの塊のようなHさんが死ぬわけない。
あの人のことやからしばらく身を隠してるとか、
そういうドッキリ的なことやろと心から思っていた。
倒産した同じ会社だった人たちに連絡をとってHさんのことを伝え、
今後どうするかなどを話し合ったりした。
その後、いろいろ情報を集めるうちに
それが現実だということを受け入れざるをえなくなってきた。
去年の11月、Hさんの学生時代の友人たちが集まり、
ご両親の協力を受けてHさんの遺作展示会が開かれた。
僕は元同僚の数人と一緒に参加させてもらった。
そこにはHさんの死を惜しむ30~40人の友人知人が集まり、
彼が残した数々の作品を前に静かに語りあっていた。
そんな様子を見ていると誰もが彼のことを慕っていたということがひしひしと伝わってきた。
好きな言葉は「自由」だったHさん。
何からも自由になった今、そちらの世界はどうですか?
一度も飲み代ぼくにおごらせずに逝くなんてあんまりです。
Hさんが教えてくれたこのアメブロ、今でも細々と書いてますよ。
Hさんのブログもたまに見させてもらいますね。
本当にお疲れさまでした。
ありがとうございました。