https://www.youtube.com/watch?v=gIQ2gSrQINM
腰を悪くして 週に一度
病院のリハビリに通っていたが
先日は 最後のリハビリだった
訓練台に横になると
私のすぐ隣に 高齢の男性が横になり
ほとんど同時に リハビリが始まった
互いに リハビリをしてくれる訓練士さんと話をしていたが
不意に隣の方の声が 耳に入る
「講談社 小学館などから直接本を・・・」
その言葉を聞いたとたん 直感のように
ひらめくものがあった
そして その人の顔を
もう一度 よく見た
間違いない
その人は この街で一番大きな書店の店主だった人だった
私はなつかしさで 一杯になりながら
その人に話しかけた
「私が小学生の時 今はもうない耳鼻科医院の前の
坂を上がった遊園地で
弟や友達と一緒に 遊んでいただいた事があります」
突然 そんな事を話し始めた私に
そのご本人も 互いの訓練士さんたちもビックリされた
なぜその時 本屋さんだと知ったのか
それは遊んだ後に そう言われたような記憶があるのだ
そして 中学高校時代は
その書店によく行って 立ち読みをしました
・・・と言ったら みんな大笑い
あわてて「本もたまには 買いましたよ」と言っておく
訓練士さんたちは「ドラマみたいですね」と言われ
その人は「帰って家内に話します」と うれしそうに握手をしてくれた
その人は あの夏の日に
どこからともなく現れて 遊んでくれた時のままだった
文化を発信する書店の店主として
重責を担い たくさんの肩書のあった人に違いないのだが
やさしいまなざしで とても謙虚な人だった
その人は あの日から
タイムトリップをして来たように 私には思えた
今 87歳という事は
あの時 38歳くらいだろうか
あれから半世紀の時が流れている
「よく顔を覚えていましたね」と言われたが
知らない大人が 不意にやって来て
遊んでくれたなんて 他に経験がないからだろう
そうだ 父の事をご存じかもしれない
父の事も 話しておかなければと思った
父は私が子供の頃 よく本を買って帰った
それに いつも何か全集のようなものを
契約していて 毎月本が届いた
その膨大な本は その人の店から
届けられていたのだ
父はもう亡くなって22年も経つが
父の形見のように その本の一部を
私は今も 家に置いている
私のために買ってくれた 少年少女世界の文学30巻は
今も大切な 私の宝物である
父の名を聞かれて 答えたが
名前はもうわからないと言われた
だが 父と同じ年齢で
父の職場にも 確かに営業でよく行ったと言われた
父とその人は よく知り合った仲だったに違いない
ここに父がいないのが もどかしかった
私が本を読むのが 好きになったのも
実家にたくさんの本が あったからだった
本は知識だけではなく 人生を豊かにしてくれた
そう思うと 目の前にいるその人に
大きな恩を受けたのだと感じた
「私は本を売っていた頃は 忙しくて
本屋のくせに 本を読む事が出来なかったので
今 うちにある2000冊の本を 1冊ずつ読んでいるところです」
そして「お父さんの分も」と再び 手を差し出され
握手をして お別れした
ほんの短い間の 出会いと別れ
多分 もう会えない
遠い 遠い夏の日から
長い遥かな時を越えての再会だった