熊野の深い山々は
あざやかな紅葉が クライマックスを迎えていた
ひんやりとした冷たい空気の中で
赤や黄に 色を極めた錦繍の大自然
そして 静かな時が流れていた
熊野に旅する直前に亡くなった
1人の患者さんを 私は思い出していた
年を重ねて 徐々に生きる力を落として行ったその人を
見守る親族は 誰もいなかった
そして 遺体は長く病室に置かれたままだった
どんな生き様で 人生を歩んだ人かも知らない
でもなぜか その人の姿が
熊野の山々を見つめながら
心から 去らなかった
その人は 成仏されただろうか
安らぎの霊界へと 迷わず向かわれただろうか
いや あの世と言う世界は
そもそも存在するものだろうか
そんな答の出ない 虚しい想いが渦巻いた
ふわりと ひとひらの言の葉が舞い降りた
紅葉散華
そうだ あの患者さんを
この美しく色づいた 紅葉で
散華してあげよう
紅葉散華 命の散華
自然の中に 命を戻された人にとって
それは 何よりの供養かもしれない
そう思った時 熊野の深い山の中で
初めて その人の笑顔に出会った気がした