この作品は『リンバスカンパニー』を元に書いています。わたし個人の妄想であり、原作の内容とは無関係です。


 イサンさんとロージャさん、そして僕の3人で街を歩く。ロージャさんがいきなり食べ歩きをしようと僕たちを連れ出した。


 食べるのは好きだ。


 僕も、イサンさんも。


 ふとイサンさんの足が止まる。彼は真っすぐ前を見つめたまま硬直している。

「イサンさん、どうしたんですか〜?」

 戦闘の副作用だろうか。僕たちディエーチ協会は知識を揮発させて戦う。


 そのため記憶喪失になりやすい。


 イサンさんは震える手で指差す。その先にいたのは彼そっくりの男だった。

「ドッペルゲンガー!?」

 ロージャさんが叫んだ。だが、その割には服装が違う。まるで絵描きのような。

「ちょっと待って。あれ、知ってるかも。えっと、なんだっけ。思い出せ思い出せ」

 ロージャさんが唸る。

「薬指だ!」

 薬指。たしか聞いた覚えがある。指にあったら、とにかく逃げろとも。


 そうこうしているうちに彼は、もうすぐそこまで来ていた。ここで逃げ出しては、余計に怒りを買ってしまうだろう。

「そこの」

 ついに話しかけられた。


 3人はお互いの顔を見合わせる。このまま聞こえなかったフリをするか。

「ディエーチ協会のイサン」

 ハッキリ名前を告げられた。これでもう他人のフリは通用しなくなった。

「な、ななになり、や?」


 イサンさんは震えながら返事をする。

「やはり私か。そんなに怖がらずとも良かろう。同じイサンだと言うのに」

 薬指のイサンさんはにこやかに、イサンさんの両腕をつかんだ。

「私のアトリエに招待してやろう」

「あ、あの……」

「ああ、もちろん友達も一緒だ。見学者は多いほど良い。来るだろう?」

 僕はロージャさんを見つめる。

「ええ、もちろん! 薬指から招待してもらえるなんて本当にラッキー! ね?」

「そうですね〜」

 話を合わせる。下手に機嫌を損ねて戦闘になったら、僕たちが負けるだろう。


 それだけ彼にスキが無かった。


 やがてアトリエに辿り着く。いろんな絵がところ狭しと飾られている。


 芸術が好きなのは本当らしい。

「どの絵も活き活きとしていますね」

「おお! 芸術がわかるか! 芸術とは素晴らしい。技術や発明なんかより」

 その言葉にイサンさんが反応した。

「技術や発明、なんか?」

「ああ、お前は未だに技術を素晴らしいと誤解しているのか。可哀想に」

 薬指のイサンさんは笑う。

「九人会などと言う無駄な時間も過ごした。あんな奴ら居なければ良かったのに」

 壁にかけられた大きな絵。


 それを見てイサンさんが座り込んだ。塗りつぶされた人達。僕もロージャさんも、その絵が何だったのか気づいてしまった。


 イサンさんの昔の友人。


 彼にとって大切な思い出なのだろう。前に写真を見せてもらった。


 イサンさんと、たくさんの友人の写真。


 その写真を見るとき、彼は幸せそうで。それでいて恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「な、など……」


「何故? おかしな事を言うんだな。必要なかったから消した。それだけだ」

「ドンベクやドンランを憎めりや?」


「憎い? まさか。ただ私の人生にあいつらは必要なかった。それだけの事さ」

 その言葉にイサンさんが拳を振り上げた。


 慌てて僕とロージャさんで止める。

「落ち着いて、イサンさん! 相手は薬指なんだってば! 気持ちはわかるけど」

 彼は涙を流しながら怒りをこらえていた。

「僕たち、そろそろお暇させてもらってもいいですか〜? 仕事もあるので」

「ふむ、好きにしろ」

 イサンさんを先頭にして、僕たちは彼のアトリエを出る。彼の呟きが耳に届いた。


「私は間違っているのか」

 それがわかれば、どれほど楽だろう。


 泣きじゃくるイサンさんを、僕とロージャさんでなだめる。まるで赤ちゃんになったかのようにイサンさんは泣いてグズった。

「僕はイサンさんが好きですよ」

「わたしも! わたしも好き!」

「イサンさんはイサンさんです。別のイサンさんの真似をしなくても良いんですよ」

 数日後、ディエーチ協会あてに薬指から荷物が届いた。もちろん宛先はイサンさん。

「これ、絵?」

 おそるおそる包を開ける。


 大きなキャンバスに描かれていたのはイサンさんとロージャさん、それに僕だった。

「あ、紙が挟まってる」

 ただ一文字だけ『妬』と。


「もしかしてだけどさ、あのイサンさん、本当は切り捨てたくなかったんじゃ……」

 彼は幸せなのだろうか。


 だけど、あなたは不幸ですなんて言ったところで誰が救われるのだろう。


 僕も、誰も、この道を選んでしまった。なら幸せだと思い込んだ方がマシですよね。


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