早朝にライズ認めるも

堰堤下のシャローエリアでバスの度肝を抜かれるようなボイルが目撃できると聞いて、6月8日の早朝、満濃池へクラブの仲間と出かけてみた。
釣りの準備を済ませ、少しのあいだ様子をうかがっていると、聞いて来たほど凄まじいボイルではないが、取水塔付近の水面で羽虫をむさぼり食っているらしいライズがぼちぼち確認できた。
「あれならドライフライで釣れますね」と西村は言って、あくびした。
熱に膨らむ前の大気が肌に快かった。
私は言った。
「ドライもいいけど表層をウエットフライで小刻みに引いて誘う方がより確実だ。それはそうと、遅いな。尾崎」
仲間のなかには遅れて行くと事前に連絡して来た者もあったが、尾崎は朝一番からランカー・バスを仕留めてやるぜと張りきっていたので、ぼちぼち姿を見せてもいいころだった。
「夜更かしが過ぎて寝坊しちゃったのかも」と西村が何食わぬ顔で言った。
「それって、仕事の接待とかか?」と私は努めて抑揚のない声で訊き返した。
「そういうことにしておくのが、まあ、当たり障りなくていいでしょうね」と西村はにやにやしながら答えたが、やや間を置いて品のない笑い声を漏らした。
西村と私はすっかり夜が明けるのを待ってからウェイディングを開始した。以外にも水は澄んで冷たい。その水をウェイダーの脚に押し分けながら慎重な足取りで沖へ向かって進んでいくと、寝ぼけた頭が冴えてくる。水深が腰の深さに達するまでには脳もからだもすっかり目覚めてしまっていた。
「これ以上、前に出るのは危険です。ここらでやりますか?」
西村の言うとおり、これより先は急に深くなって、底が見とおせない。この辺りで基礎の石組が終わっているため、沖へと深く落ち込んでいる。
「水面まで食い上げて来るバスは、意外と大きくないようだ。は黒っぽいメイフライを食っているようだが、まあ、水面下の大物に的を絞るならフライは小さいものでない方がいいだろう。ほら、あそこ。見たか?落ちた虫を丸呑みしたぜ。沈めるにしても表層を意識した方がいいかもしれない」
そう私が言い終らないうちに、取水塔の影のなかでバスか何かがギラッと身をひるがえした。
「今の、相当デカイですね」
西村は目を丸くした。
私はその様子を気にかけながらもマドラーミノーの4番を3Xのティペットの先に素早く結び、ふたたび様子を窺った。水中に目を凝らしていると、こんどは取水塔の影のなかをバスの群れがゆっくりよぎっていった。
「見ましたか?」と西村。
「ああ」と頷く私。
もうぐずぐずなんてしてはいられなかった。
私は取水塔すれすれを狙って少ないフォルスキャストで素早くキャストした。4番のウエットフライフックに巻いたマドラーミノーが、朝の宙を速やかに運ばれていく。それはやがて寸胴の取水塔の腹をこすってその下の水面へと力なく落ちた。
一瞬ののち、「あっ!」という西村の声を耳にした。
待ちわびていたかのようにバスが水面を割って私のフライに襲いかかって来たのだ。
バスは水面下でたしかにフライを捕らえ、そのまま幽暗の水の深みへと引きずり込んでいった。
大きくはない。
しかし、ぐいぐい底へとラインを引いてよく走るので俄然やる気が出た。
「やるじゃないか」
油断は禁物である。
ロッドを起こしてこちらに向き直らせようと試みたが、梃子でもバスは顔をこちらに向けようとはせず、あくまで抵抗の力をゆるめようとしない。
取水塔の少し手前辺りから沖側は水深が急激に増していて、底の様子は窺えなかった。バスは私の立ち込むシャローの側へは引き寄せられたくないとみえ、沖に向かってなお深く潜ろうとした。
手応えを確かめながら無理のないやり取りに終始せねばならない。そう心に言い聞かせながらも矯めにかかると、ロッドが今にも悲鳴をあげそうだった。40cmくらいか。それにしても威勢のいい、この池きっての力自慢のようである。
「それくらい手古摺らせてくれると闘い甲斐がありますね」
西村が言い終らぬうちに、バスが水を脱いで高く跳ねあがった。
「おぉ~跳ねた!」と西村が言った。
私はラインを張りすぎず緩めすぎず、ほどほどにテンションを保ってフックを振り飛ばされないよう慎重になった。
大物ではないが、よく肥えたバスだ。それからしばらく、いなしたりとったりのやり取りが無我の時間の推移のなかでくりひろげられた。
しかし、私はほんの少しばかり最後の詰めを急ぎすぎたようだ。かなりおとなしくなってきたので、私は安心しきっていた。一気に引き寄せようとして、私は強引に仕掛けを引き絞りロッドを矯めた。と、バスが不意に水を脱ぎ捨て、またもや高く跳ねあがった。
「まずい」と私は心に叫んだ。
あんのじょうバスが二度三度頭を左右に激しく振ると、フライが口からはずれて落ちた。とたん、手元が軽くなった。
「惜しい!」と西村が言った。
「詰めが甘かった」と私は反省した。
そのすぐあと、西村の仕掛けにバスが食いついた。ロッドが綺麗な弧を描いて撓った。彼は間隔をあけて私の東側で釣っていたのだが、「ヤッホー!」という景気のいい声にそちらを向くと、西村が身をのけぞらせていた。
ラインの角度は浅く、魚は沖へ、右へ、あるいは左へ、目まぐるしく方向を変えながら疾駆する。
「バスかなぁ。しかし、速い」と西村は声を上ずらせた。
しばしのやり取りのあと、彼が手中に収めた魚は、まるで大団扇を見るようなブルーギルだった。
「でっかいなぁ」
私が感心して言うと、
「こんなバカデカイの、いやぁ、ほんと、びっくりです!」と西村は言葉通り驚きを隠せないようだった。
それからしばらくのあいだ、30cm弱のバスが水面で、あるいは表層で入れ掛かりとなった。ポッパーも試してみたが、食って来るのは似たサイズばかりであった。
釣れるのはよいが、もう少し何とかならぬか。
「数はもういいから一発大物を獲りたいな」と私。
頷く西村。
その後、スプールを交換してドン深のあたりをシンキングラインで探ってもみたが、中層、ボトム付近ではバスの反応は極めて鈍いものであった。
「ボトムには確かに巨大なのがひそんでいるはず。条件は悪くないのだから50アップがいつ出てもおかしくないと思います。ぼく、何尾も釣っていますからね。ルアーでだけど。むろん、ルアーは大きい方が食いつくバスも大きいです」
西村はフライに手を染めるまでの過去4年間、ルアーでブラックバスを釣って遊んでいた。なので、その経験を手がかりに、当時を振り返りながらそんな話をした。
その西村に、またアタリが来た。あとで聞いた話では、最初はロッドティップにわずかに叩くようなアタリが来たのだそうだ。
「惜しい。食い込まなかったな」
「はい。でも大きくないみたいでしたよ」
依然、静かな水面でライズはつづいていた。
私はライズめがけて15mほどキャストし、間を置かずにリトリーブを開始する。すると、何度か手繰ったときに、ガツンとアタリが来た。勝手に向こうアワセでフッキングした。
こんどこそはと期待したが、すぐまた口から鈎がはずれてしまった。
「もう、ちくしょう!」
西村の手前、私はわざと大袈裟に悔しがってみせた。天を仰いだりして。

仲間が勢揃いして

遅ればせながらと、造田行哲が水を蹴散らしながらこちらへ向かってくる。アイアンレースが近いのか、最近の彼は早朝ジョギングと仕事が退けたあとのトレーニングジム及びプール通いに余念がない。
この日も彼は、「ひと走りしてきたのさ」と筋肉隆々の腕をブンブンまわしながら言った。
造田は、手に7番のダブルハンドロッドを握りしめている。
「まさか吉野川本流へ抜け駆けとか?」
西村が探るように言うと、
「ニューロッドの試しぶりさ」と造田はニコニコしながら、短い距離のスペイキャストを数回ばかりおこなってから、今度は、うんとラインを引き出して、オーバーヘッドキャストをして振り心地を確かめていた。
すると、着水とほぼ同時にバスが食いついた。
「おやおや。試し振りだと見せておいて、まんまと騙しましたね」
西村が囃すように言うと、
「水面が揺れたようなので、投げてみた。どうやら、正解だった」と造田はまるで読みどおりだと言わんばかりに胸を張った。
それから造田はバスやギルを立て続けに釣りまくった。横で釣る西村はあっけにとられ、ぽかんと口をあけたまま、少し経ってから、「造田さん、フライは?」とたまらなくなって訊ねた。
「マドラーミノー」と造田は答えるはなから、またバスをヒットさせた。「大きいのや小さいの、よく浮かぶのや少し沈むの、カラーもいろいろちがったやつを気分次第で付け替える。たくさん用意して来た。遠慮はいらない、食わなきゃどんどん付け替える」
私は造田に言った。
「俺もマドラーミノーで大きいのを掛けた。とり逃がしたけどね」
すると、造田が私に言った。
「まあね。この季節ならフライにこだわるよりも、誘い方に注意したいね。今日は水面直下を小刻みにちゃっちゃっとリトリーブするのがいいみたいだ。誘い方に手を尽くして食わないなら、少し場所を移動してみるのも悪くない。バスがかたまっていそうなところを直撃すれば、フライが水に落ちた瞬間にもガバッと水面が盛りあがるだろうさ」
西村は耳をそばだて聞いていたが、そのあと勉強がものを言ったか爆釣となった。
みんな釣りに余念がない。そのせいで尾崎のことなど忘れてしまっていた。その尾崎が、かなり遅れてようやく登場した。こちらへと近づいて来ながらも、尾崎は照れ臭そうに頭を掻き、のべつにやにやしながら、開口一番、「爆釣やないの!」
「おまえのバスはもう残ってない」と私。
「余さずぜんぶ釣ってしまった」と造田。
無言でうなずく西村。
「そりゃかなわんのう」
そう尾崎は声を張りながらも、やはり独りカヤの外という感は否めなかった。
それからもバスは釣れつづけた。
しかし、陽が高くなるとアタリが間遠になって、張りきって釣りはじめた尾崎には小さいバスが釣れただけだった。その後、尾崎は小バスやブルーギルに手を焼きながらもヒットのチャンスをうかがったが、どうにも芳しくない。
やはり遅刻が祟ったようだった。
なにはともあれ、私たちは初夏の朝のバス釣りをじゅうぶん満喫した。
ランカーと呼ぶにふさわしい五十アップには最後までお目にかかれなかったが、まぁ、仕方ない。
「今度来る時まで預けておくから、よろしく」と尾崎が言った。
「おまえが言うか?」と私が応じて言った。
「そうですよ、尾崎さん」
西村にまで揶揄された尾崎は、一言もなかった。
どうやら、遅刻はするものではない。そういうことのようだ。
*注)現在、満濃池は釣り禁止になっている。

 

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