香川県唯一のトラウトフィールド

木斛池は山のなかにある周囲1キロほどの池である。水源は野口ダムで、水は農業用水、飲料水として使用されている。讃岐であればどこにでもあるような見なれた溜め池に、平成9年に2度、平成10年の11月に3度目のニジマス放流が行われた。
放流資金は全額仲南町が出資し、同町役場が池水、魚ともに管理している。放流数は年間2000尾である。
規則という規則はないが、釣りの心得として、釣った魚は丁寧に扱い、必ずリリースすること。釣り場をいつも綺麗に保つこと。喧嘩などしないように仲良く釣りをすること。この三つが守られさえすればお金はいらない。
つまり、遊漁料は無料である。
釣り方はルアー、フライのどちらかにしたい。できればバーブレスフックにし、ルアーはシングルフックにしよう。魚へのダメージを考えると当然であるが、多くの人が鈎ハズレを恐れてバーブレスフックにしていないのが現状である。
エサ釣りはダメかというとそういうわけではない。だが現状として町内のおじいさんが酒の肴を釣ろうとやって来るくらいで、若者がソーセージやミミズをマスバリに刺して釣る姿を目にしたことはほとんどない。
おじいさん連中は日当たりのよい水門付近に陣取って、のんびりと糸を垂れ、釣った魚をビクに活かしている。ときどき役場の人が見まわりにくるが、咎めたりはしない。
そのへんはじつに柔軟な対応だといえよう。(笑)

仲間と冬の釣りを満喫する

早朝、身を切るような寒さのなか、草の霜を踏んで水辺に降りる。すでにマスたちの朝食会は始まっていた。
ひとつ、またひとつ、鏡のように澄んだ水面に水の輪が生れては消えていく。
「あれなんかおおきそうだな」
と宮脇重光が水の輪のなかのひとつをロッドの先で指し示していうと、
「ちょっと、遠いぜ」
尾崎晴之が苦虫をかみつぶしたような顔をした。
そうしているうちにも、水の輪は数を増やし、ライズの出方も安定してきた。
水辺に座って静かに観察していると、まるで朝のあいさつにやってくるかのように、ライズの輪がこちらに向かって近づいてくる。
「誰か前菜をお出ししな」
誰かが言うと、
「ブレックファーストだ、トーストにスクランブルエッグ、サラダもつけときな」
「飲み物は?」
「ホットコーヒー!」
「そんなもの(鱒が)食うかよ」
「食うかって、品のない言い方だな」
「そうそう、われわれ紳士なのだからね」
「いけないね、フライフィッシャーマンなのだから」
いい気になって軽口を叩いていると、
「つべこべぬかさんと、はよう釣らんか!」
と痺れを切らせた山田名誉会長から斯様なお小言を頂戴してしまった。(笑)
さて、いよいよ釣りの始まりである。
まず、宮脇重光が4番タックルで様子をみる。ラインはフローティング、9ft5xのノットレスリーダーにティペット6xを5ftほど継ぎ足し、その先に小さなウエットフライを結んで、さっそくキャストする。
16番のダンカラーのウエットフライが澄んだ朝の光のなかを運ばれ、十五メートルほど沖の池面に静かに着水した。リトリーブせずに、そのまま放置していると、ドライフライをくわえるようにニジマスが浮かんできて水面直下のフライを捕えた。反転するのを確認してから、ゆっくりロッドを起こすと、ロッドが綺麗な弧を描いて撓った。
「やった!」と宮脇重光は小さく叫んで、ニジマスの引きをいなしにかかる。
リールからラインを引き出すほどの力はないが、ニジマスは力をふりしぼりよく闘った。
やがて、ニジマスは水ぎわへと寄せられた。もう暴れまわる気力も体力も残ってはいないようだ。素直に釣り人の手に落ちた。
山の上から顔をのぞかせた太陽が眩しい。
その後、メンバー全員で水門近くの土手の下に並んで仕掛けを投げたりたぐったりしながら釣っていると、少し離れた場所で獲物の暴れる水音が聞こえ、みると山田名誉会長がロッドに綺麗な弧を描かせながら闘っている。相手は30cm超のニジマスのようである。シューティングヘッドを用いた仕掛けで20mほどキャストして、ゆっくりリトリーブしてくると、10mほど沖でヒットした。あとで山田名誉会長からそう聞かされた。
ラインはタイプⅡ、フライはマラブーストリーマー12番のブラックを9ft4xリーダーに直結し、最初から底ねらいで攻めたという。
「根がかりかと思ったら、直後にググッときたよ」
12月下旬ころから、ベタ底を攻めて多くの大物が釣りあげられている。
みんな山田名誉会長を見倣い、急斜なコンクリート底に沿って仕掛けを引き始めた。だが、誰と話に飽きない程度には釣れるのだが、どうも型がイマイチだ。
宮脇重光は、また小さなウエットフライでライズをねらいはじめた。その後、18番のミッジドライに結び替えると、レギュラーサイズのニジマスが釣れた。
陽が高く昇り、ライズの輪が水面から姿を消すと、中層からボトムねらいに切り替える者が多く出た。
そのなかでも尾崎晴之に釣果が集まると思ったら、彼はインターミディエイトラインとフラットビームを組み合わせたシューティングシステムで釣っていた。
二十メートルほどキャストして、ゆっくり時間をかけて自然に仕掛けを馴染ませていくことを心がけているようだ。
「カウントダウン中に、中層のどこかで当たることが多いな」と尾崎は説明した。
たしかに尾崎の推察どおり、ライズをやめたニジマスが中層を回遊しはじめたらしく、群に出会うとぽつぽつ釣れた。
「投げて、放っておくのさ。ときたま小刻みにアクションをつけて引いてやるのも悪くない」
ニジマスを釣りあげると、みんな似たようなことを口にした。
尾崎に仕掛けについて訊ねると、9ftリーダーに長めのティペットを継ぎ足し、全長を16ftくらいにしているという。フライはアトラクター系のストリーマーでサイズは10番前後。みんな尾崎晴之にしたがって真似てみるが、レギュラーサイズに毛の生えたくらいのニジマスしか釣れないので不満そうである。
冬の陽射しに背を暖められながら大物を期待し、渾身の力を込めてキャストしつづけていると、山の空に銃声がひときわ重くこだまし消えていく。
北岸の山林にはキジなどの野鳥が多く棲息し、2月中旬まで狩猟のハンターたちがそのなかを縫うように獲物をつけ狙って動きまわる。
「あっちには入っていかない方が身のためだぜ」と私が忠告すると、みんな顔を見合わせ、無言でうなずき合った。
冗談ではなくて、山には立ち入らない方が安全というものだ。
お昼はメンバー全員、釜揚げうどんを食べる約束で、釣りは正午までと決めてある。みんな5尾ばかり釣りあげ、そろそろおひらきというころになって、私の手元に強烈なアタリがきた。底の方を狙って仕掛けを引いていたのだが、ぐいぐいしめこむ引きの素晴らしさにちょっと手ごわい印象を持った。沖へ走り、深く潜り、横走りする。2度、3度、のされてしまいそうになりながら、とったりいなしたりのかけ引きがしばらくのあいだつづいた。手応えはじゅうぶん、まちがいなくグッドサイズのニジマスである。タイプⅣでボトム付近を速引きして口を使わせた。水温十度の水中を疾駆するニジマスは元気溌剌の走りをみせた。だいぶ寄せたと思うと、寄せた半分くらいの長さを持っていかれた。そう言う事情も手伝って、ランディングまで少し時間がかかった。
「お兄さんサイズだな。今度はお父さんを呼んで来てほしいな」
そう言ってリリースしてやると、彼はゆっくり自分の棲み家へと戻っていった。
池の水で手を洗うと、私はみんなの待つ土手の上をふり返った。最後のしめの一尾が自分の仕掛けに来たことに内心大いに喜びながら。
 

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