女木島へシーバスを釣りに出かけることになった。案内役は、西村拓史。同行者はフライタックル、ルアータックルを用意した合場哲也と私である。女木島へは、最終便よりも一便早いフェリーに車ごと乗船して向かった。
天気上々。
二階の後部デッキのベンチで潮風に吹かれながら寛いでいると、高松の街並みがみるみる小さくなっていく。
そのまま行く手に目をやると、やや波の出た瀬戸の向こうにフェリー発着場のある東浦の集落が低く小さく見え、その昔海賊の隠れ家であったという洞窟のある島山が背後に控えるかたちに薄ぼんやりと見えている。
それもそのはずで、高松から女木島は非常に近く、晩秋の海路を二十分ばかり小さなフェリーに揺られていけば長閑な暮らしぶりの島のたたずまいが訪れる人たちを温かく迎えてくれるのである。
「ぼくは渓流用のフライタックルしか持ち合わせがないんですが、本当にそんな道具でシーバスが釣れるでしょうか?ちょっと心配になってシーバス用のルアータックルも用意して来ました」
そう不安がる合場くんに、
「大丈夫、大丈夫。里川でアマゴを釣る感覚なのだから問題ないですよ。十五メートルも投げられたら、じゅうぶんシーバスに遊んでもらえます。フライも渓流で使うくらいの大きさを多用するし、そりゃぁ、もう少し大きいのも使うけど、まあ、遠投の必要はないし、大丈夫です。フライはひらたくいえばエビの親戚ですな。つまり、スカッドのパターン。あるいはシュリンプパターンといってもいいけど、サイズにして十番から六番くらいの出番が多い。もっともよく使うのが十番かな。もちろんストリーマーを用いないという手はないけど、渓流用の道具じゃ少し役不足。振り負けするものね」
案内役の西村くんは丁寧に説明していた。
「そのサイズのフライでも、たとえば海用のフライはステンレスフックを多用するし、シンクアイをとりつけたりするから、小さめでもフライは結構重量を踏む。タックル的には最低五番、まあ七番くらいが妥当じゃないの?」
そう私が西村くんに疑問を投げかけると、
「どちらかというと僕のばあいフライフックは渓流用で間に合わせています。ここのシーバスは緩い流れのなかや、流れがぶつかっせめぎ合い、あるいは揉みあうような場所に定位して餌を狙っていますからね。そういう流れの変化は堤防のコーナー部や先端付近、底に岩礁のある場所に多いもので、そのなかでも外灯で明るい場所よりも灯りの切れ目や暗い場所でのヒットが多い。なので、遠投の必要はありません。居るかどうかは、そっと海のなかを覗いてみればわかります。明るいですからね、外灯があるので。居れば魚影が確認できます。あるいは潮がよくなってくるとボイルしたりもしますから。食いが立っているときは、ドライフライでアマゴを釣るみたいに、表層をドラグフリーで流れるスカッドをパクリとやっちゃったりします。むろん、ウエットフライの釣り同様誘って食わせることもありますし、ストリーマーをきびきび泳がせてシーバスのやる気をそそる作戦に出ることもあります。それには七番、九番くらいのタックルを準備する必要があるでしょう。でも、けっきょくは小さめのフライを使ってのサイトフィッシングみたいな釣り方が主力と考えていますし、実際よく釣れます。先ほど言ったように、流しっぱなしでも出るときは出ます。リトリーブするといっても、たとえば川でソフトハックルをちょんちょんと引いて誘う、あんな感じでいいのです。それでじゅうぶん釣れます」
そう西村くんは自信満々に、これまでの研究の成果を合場くんと私に、懇切丁寧に語ってくれた。
西村くんの説明はフェリーが女木港に入る直前まで続いた。
言い遅れたが、釣行日は十一月十一日、少し風のある肌寒い日のことであった。
スカッド、小魚パターンに、ガボッ!
釣りは十六時半から開始した。フェリーを降りてすぐの女木港付近を手始めに攻めてみる。
合場くんは女木港と近接する女木東浦漁港の出入り口に陣を張って沖から港内へとベイトのイワシが群遊してくるのを気長に待つことにし、西村くんは女木港の堤防のやや先端寄りの「くの字」に屈曲した辺りに腰を据えてボイルが始まるのをやはり辛抱強く待つ作戦をとる。
私はフェリー発着場付近の港内をジグヘッドにセットしたメバル用のワームでもって、水面直下からボトムまでの各層を丹念に探りながら、大型のメバルやカサゴをものにしてやろうとハッスルしてみた。
しかし、潮順は大潮と申しぶんないものの、ちょうど干潮の潮止まりで、海を覗いて見ても魚影らしきものはまるで見当たらず、海そのものにも生気というものがまるで感じられない。あんのじょう、どの層を探ってみてもアタリすらなかった。
私は一時間ほどで釣りを切りあげ、西村くんと合場くんの様子を見に行くことにした。
「どうかな、調子は?」
と堤防の外向きを釣る西村くんに声をかけてみると、
「このところ地元の人が毎晩のように攻めるから、すっかりスレちゃってダメですね。カラー、サイズともいろいろ試して、釣り方も工夫していますが、足元まで追ってくるけど食わない。ミノーもトップも、ワームも効き目なしです」
「潮ができてないんじゃない?」
「でもいい感じでボイルしていますからね。ボイルと言ってもトラウトが羽虫にライズするみたいなおとなしいものですけど、捕食されているのはシロアミのなかまで先月からずっと同じくり返しなんです。だから、スカッドのフライが効くんじゃないかと直感して、この前釣りに来たとき試してみたら、気が抜けるくらい簡単に食いついちゃって」
西村くんの肩越しに背後から海を覗いてみると、彼の言うとおり頻繁にボイルが起こっていた。
ここで、西村くんの手が波返しの上に寝かせてあるフライタックルに伸びる。
まず、セオリー通りに足元から攻めるようだ。
堤防際に近いところを重点的に、表層付近を小刻みなリトリーブで探っていく。あるいは潮上にキャストしてドラグフリーでナチュラルに、しかしここでもやはり表層に目をつけ流してみる。が、しかし、どちらも納得のいく結果を得るには程遠いようである。
もういちど同じ手を試してみたが食わないので、今度は少し沖目の潮が撚れ合わさっている辺りに速やかにフライを投じた。
ロッドティップを高めにかまえ、まるでエビが海面をちょんちょんと跳ねるみたいにフライを躍らせてシーバスを誘い出す。この手はすこぶる効果的であった。
「ほらね」
どうだといわんばかりに、西村くんは私の方をふり返った。
なるほど。一発で食いついてきたのは四十センチほどの本命であった。
ジグヘッドにフライ用のマテリアルを盛りつけたスカッドパターンにも同サイズのシーバスが食いついた。これについては西村くんではなく、西村くんに借りてさっきまでメバルを狙っていたルアータックルで私が釣ったのである。
「おもしろいものを作るね。ジグヘッドフライだね。まったくこいつはいい。他にもあるなら見せてよ。お、おっ、こいつは水に濡れるとシルエット的に痩せてシロウオみたいに見えそうだな。なぁ、ちょっと使ってみてもいいかな?」
許しを得て、別のパターンを試してみる。
すると、すぐまた同じようなサイズのシーバスが来た。
五センチほどの小魚が表層付近を群れて泳いでいたので、それを模して誘ってみると足元まで追ってきて食いついた。
これはおもしろいな、と私は手放しで喜んだ。
朝マヅメの赤灯台下も見逃せない
おもしろがって夢中で釣っていると、漁港の出入り口の赤灯台下でミノーを投げていた合場くんが様子を見にもどって来て、
「どうですか、調子のほどは?」
と私に訊いてきた。
聞くところによると、
「七センチのフローティングミノーで、ついさっき、やっとキャッチしましたが、似たようなサイズばかりで、まあ、それでも写真を撮ってもらおうと、そのなかでもいくらかましな一尾だけキープして来ました」
見せてもらったが、彼の言葉通りお世辞にも立派なサイズだとは言い難かった。
そのあと三人かたまって、外灯の下で満潮までシーバスを狙い、下げ潮時に二時間ばかり女木港内の内向きをメバル用のルアータックルで探ってメバル、カサゴを数尾ずつやっつけたあと、明け方まで車のなかで仮眠をとった。
その後は、夜明け前に再び漁港の出入り口に陣を張り、沖へ帰るイワシの群れを待ち伏せするシーバスを狙い撃ちして何尾か仕留めた。
釣り方はボイルに向けてフライを投げてリトリーブする極ありふれた釣り方だ。
けっきょく、腐らずやるべきことを粛々とこなしていけば魚は食うときには食いついて来る。あのとき、そう感じたのは私一人だけだったろうか。
すっかりボイルがなくなると、アタリもなくなってしまった。どうやら潮どきのようである。
私たちは車にもどって始発のフェリーを待つことにした。
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