いまさらですが井岡一翔に関して・・・。
大晦日の防衛戦、見事でした。
今回はKOを意識したとのことですがそれに関して一部に批判の意見もあるようですね・・・・。
そのご意見も一理もないとは言いませんが私なりに解釈させてもらえれば
「KOに拘らずまず勝つことを優先したがしばらくKO(または圧勝)がないので今回は魅せる試合を意識した」
ということではないでしょうか・・・?
ボクシングに限らずプロには「徹底して勝つことを追求するもの」と「力・技能やスピリッツで魅せる」とがいると思われますがどちらも良い悪いとは言えないものであると思います(好き嫌いは別)。
こう考えると批判をするべきことではないように私には思えます・・・。
ただ・・・、ペレスの情報が少なく力量がわからないため組み易い相手を選んだのかどうかはわかりませんが世界挑戦が初めてではないことや序盤の動きを見た限りにおいては「世界挑戦の力量がない選手」というのではないように思います・・・。
よって今回の試合での井岡は素直に称えて良いのではないかと思います。
ただ・・・、2年前の福永戦で試合後に語ったといわれる「次の試合を考えて無理をしなかった」という言葉、本当に言ったのであればこれはダメでしょう。例え本心でも口にしてはいけなかったと思います。
福永選手、試合に携わった人々、応援してくれたファンにも失礼でしょう・・・。
また、これまでの様々な言動で井岡は随分と誤解されてしまっている面も多々あると思います。
以前「誤解されるのは誤解される方にも問題がある」と申したところある方から
”「詐欺にあうのは騙される方が悪い」「虐められるのは虐められる方が悪い」というのと同じ理屈だ。”
というご意見を頂きましたがそれは曲解も甚だしい・・・。
そもそも誤解といっても様々なものがあります。
「下衆の勘繰り」といえるような邪推、ネットででっち上げられた噂話をまともに信じて猛烈に批判を始めるものもある一方、「普通、そういうことをすれば(例え事実とは違っていても)こういう風に思われるのが普通だろう」と思われることもあります。
井岡への批判はどちらのケースもあるように思います。
ロマゴン回避は批判されても仕方ないもののその他の対戦あいてがほとんど急造ランカーか穴王者だと言って批判した人は前者であると思いますがWBO王座を返上して中谷との対戦をしなかったことに関しては後者でしょう・・・。
ロマゴン回避の時、私は世間の批判とは違いかなり庇った方だと思います。
それは「回避してもいい」ということではなく「一時的に避けただけで近々やってくれるだろう」と信じてたためです。
そしてやるつもりがないとわかった時に「やった事の悪質さやあからさまさでは圧倒的に亀田の方が酷いが井岡は亀田と違い実力があるのでその分井岡の方が罪深い」と言いました。
ただ、井岡自身はロマゴンとやりたかったけど本人の希望が通らなかっただけだと思いたいという気持ちがあります。
何かと井上尚弥と比較され可哀想な部分ももちろんありますが残り少ない現役生活の中ですべてを出し尽くしてほしいと思います。