最近、村田英次郎さんの世界挑戦の4試合を見る機会がありました・・・。ほんとうに時代が少しずれてたら間違いなく世界チャンピオンしかも強いチャンピオンとして君臨できただろうと思います・・。

 


ただ上記の4試合の中で最後の試合(1983/9/11)だけは極端に出来が悪い村田でした・・・。この試合だけをみた友人は「なんじゃあの弱い根性なしは」などと言われカチンときたことが思い出されます。

 


しかし今振り返るとあの試合だけに関しては村田というボクサーは強いボクサーのイメージはないですね・・・・。

 


何故この試合での村田は出来が悪かったのか・・・?

チャンドラーの出来が特に良かったのか・・?

私にはそうでもないように見えました。

 

やはり前戦でのKO負けが尾を引いているのではないかという気がします・・・。


敵地でのしかも初戦で部のいい引き分けで今度こそとばかりに挑んだ試合で初黒星しかも手ひどいKO負けをくらった事がショックというかトラウマになっていたのかもしれませんね・・・。

 

KO負けをくらった相手に再戦で雪辱したボクサーというと輪島功一、辰吉丈一郎、徳山昌守、戸高秀樹、内藤大助らを思い出しますが、

輪島功一の場合は・・・

アルバラードにKOされたときは14ラウンドまで輪島がポイントをリードしていたんですよね・・・。15Rであのパンチを喰らわなければという気があったと本人も話しています。

 


柳済斗にKOされたときは5R終了のゴング後の柳の反則パンチひっくり返されたダメージの影響があったという本人談がありますね・・・。

 

その他辰吉はプロになって初めての長いブランクがありましたし徳山はラッキーパンチ的なパンチを喰らってダメージを受けたし、戸高は途中で顎の骨折がありました。内藤は開始早々のポンサクレックの強打をくらった(ラッキーパンチとまでは言えないが)ものであれさえ気を付ければという印象・・・。

 

これらに対して村田英次郎さんの場合は1度は部のいい引き分けを演じたチャンドラーに実力差を見せつけられてのKO負けです。


しかもテクニシャンの村田がテクニックで歯が立たなかったわけです。このショックでチャンドラーとの3戦目は気持ちで負けていたのかもしれませんね・・・・。

 

輪島さんをはじめとする雪辱できたボクサーたちはKOされた時の理由は本人談とは違うのかもしれませんが本人が「あれさえなければ勝てた」と強く信じる事ができたというのも再戦での勝因の一つではないでしょうか・・・。

 

果たして村田さんはチャンドラー第三戦に挑むとき、自分で勝てると自分を信じていたのだろうか?という気もします・・・。

こういう言い方すると「プロにあるまじき」などと批判する人もいるかもしれませんが、これといったミスもないのに敗れた、つまり相手が自分より格上だと思い知らされた場合、その相手に勝つつもりで行けるものなのでしょうか・・・?
難しいでしょうね・・・。


ピントールやチャンドラーの全盛期と重なったことで悲運のボクサーと云われる村田ですが4度の挑戦のうち3度がタイプが自分と似たチャンドラーに挑まざるを得なかったのも彼の不運のひとつだったかもしれないですね。

 

しかし1度KOされた相手との再戦は相当怖いものでしょうね・・・。

 

1度はKOされた相手に挑み勝利する輪島さんたちは例え敗因を自分に言い聞かせることができたにしても立派であるといえるでしょうね・・・。

 

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