捨てられないという思い込みから、一つ自由になれたこと | 大阪の弁護士•長野智子(智聖法律事務所)

捨てられないという思い込みから、一つ自由になれたこと


事務所を独立したとき、オフィス用の机と椅子、ロッカー、金庫、応接室の大テーブルと椅子といった、いわゆる「独立セット」のような一式をいただきました。

所属していた事務所もちょうど移転の時期で、これまで使っていた家具を処分して新しい備品に入れ替えるとのことで、ボスから「いるかい」と声をかけられ、「いただきます」と即答したことをよく覚えています。


備品も同様に譲っていただき、その中に、ゴム印のセットを収めるための手提げ金庫のような箱がありました。

事務所名や弁護士名、正本・副本・控え、甲号証・乙号証など、裁判所提出書面に押すための印がすべて入る、頑丈な箱です。

独立以来、二十六年間、まさに苦楽を共にしてきた存在でした。


ところが先日、事務員さんからふとした一言がありました。


「これ、もう引き出しに直接しまったほうが使いやすいですよ。箱はいらないのではないですか?」


最初は意外に感じましたが、たしかに、いちいち鍵を開けて、うやうやしく印を取り出す儀は必要ないといえます。

引き出しからワンアクションで取り出せるほうが、業務上も格段に合理的です。

私は“業務で使うハンコを入れる箱は特別なもの”と、無意識のうちに聖域化していたのだと気づきました。


そう考えると、「これは捨てられない」と思い込んでいるものは、ほかにもまだたくさんあるのではないかという思いが湧いてきました。


長年の労をねぎらい、写真を一枚撮って感謝の気持ちを込めたあと、静かにお別れをしました。

長く一緒に働いてきたものを手放すのは少し寂しいものですが、その後には不思議なくらい軽やかな気分が残りました。


思い込みから一つ解き放たれただけで、机まわりの空気がほんの少し軽くなる──そんな体験でした。