いまの先生は
双極性障害においては、かなり有名な方だ
本もたくさん執筆していて、母が本から知って
たまたま1回だけの診断予約が取れて
そのまま先生が自分を診てくれることになった
もう6-7年の期間になる
とても信頼できる先生
その間に
処方された薬の誤用が続いて
意識が混濁して入院もした
本当に怖かった
意識が戻っても、しばらくは閉鎖病棟にいて
2週間で退院した
その後も何度か不調はあれど
いまは、ここ二十年間とかで
もっとも安定している気がする
いまの病院に行き着くまでの
通過点だった、ひとつ前の病院
初めて「双極性障害Ⅱ種」と診断してくれた先生だった
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この間書いたように、通ってる新宿西口の漢方心療内科が、ネットで人殺し呼ばわりされているのもあり、
自分自身も何故か薬の件で、意味なくその医者に声を荒げられたのもあり
そんなんで
その病院は、最近まったく患者がいなく、土曜日午前もガラガラなのもあり
会社の近くのメンタルクリニックを予約して、今日行ってみた
銀座なので、テキトーなかんじかなと思ってたんだけど、女性の温厚そうな先生が丁寧なカウンセリングから色々と診断してくれて
意外な診断が
双極2型障害の可能性が高いと
躁鬱病の躁が目立たないから自覚できないけれど、鬱病ではなく、躁鬱両方の症状を繰り返してるのではないかと
言われてみると、確かにときどき自分の中では、気分の高揚が持続してる時期があることに気付き
父親は所謂躁鬱病で、躁状態が激しい人だった、その後に鬱が来るけれど、躁状態が極めて激しいタイプだった
躁鬱は遺伝が多いというのも証明されてるので、種類は一種と二種で異なるけれど、遺伝なのか
ほんとはうつの自覚もないんだけど、元々テンション低めなだけで、落ち着いてる、割と土台はしっかりしてる
なので、診断は経過を見つつということで、薬を新しいのでもらったけど
遺伝なんだとすると、他にもいたんだろうか、祖父とか祖母とか、父方の親戚には
ファミリーヒストリーで調べて欲しい
父の躁状態の頃の記憶は、様々で
子供の頃は、そんな時の父親に色んなとこに連れて行かれた
なんかむしろ楽しい思い出な部分もある
いつも自宅を飛び出して、別の部屋を借りので
自分は、そこに遊びに行ったり
骨董屋で買い集めたアンティークで溢れた部屋
乳白色のフランスのアンティークランプ
そんな濁った透明色から世界をのぞき込むような
危うい日々だったのかもしれない
アメ車でペンションに行ったり
今はもうない逗子の瀟洒なホテルに泊まったり
いつも父のお供として自分が連れて行かれた
一方で母はほんとに鬱々としていた
だいたい半年から一年続く躁状態の間ずっと
父の躁の分だけ、母は負のオーラを全て背負っていたかのように
父の躁状態は四年に一度の周期だった、
オリンピックのように、決まってやってきた
最後の躁状態が終わって
父は自ら終止符を打った
まだ大学生だった、自分は
その日は、もう遠い遠い記憶だけど
父の死は、いつでも容易に剥がれてしまう瘡蓋のようで
すぐ目の前にあの日のまま蘇る
このことは、自分のメンタルに30代になってから
だんだんと影響したんだろうか
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今週は2か月ぶりの通院
2か月通院なかったのは
奇跡のような気がする
良いことだけれど













