県政をもっと身近に! あなたが主役!
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【永井まさとの経歴】
横須賀市立鴨居小学校
横須賀市立鴨居中学校
神奈川県立横須賀高校(高48期)
東京工業大学工学部経営システム工学科卒業
2011年 横須賀市議会議員 初当選
2015年 横須賀市議会議員 2期目当選
2019年 横須賀市議会議員 3期目当選
2022年 横須賀市議会副議長に就任
2023年 神奈川県議会議員 初当選
(主な役職)
鴨居八幡神社禰宜
掃海母艦うらが後援会会長
鴨居学区体育振興会会長
横須賀バスケットボール協会参与
横須賀アマチュアボクシング協会顧問
神奈川自衛隊家族会三浦半島地区会相談役
三浦半島会津藩士顕彰会副会長
(政策)
横須賀を前に進めるための3ヶ条!
1) 働くことを軸とする安心社会の構築
2) 活気あふれるまちづくり
3) 安全・安心・快適なまちづくり
【1週間ダイジェスト】令和7年12月15日〜令和7年12月21日
このブログの【1週間ダイジェスト】は、永井まさと【公式】LINEでお届けした活動内容・県政情報を一週間ごとにダイジェストでお届けするものです。永井まさと【公式】LINEにご登録いただくと、活動報告・県政情報にいち早く触れることができます。これを機にご登録ください。なお、【公式】LINE限定記事など、ダイジェストに反映されない記事もあります。
12月15日(月)
【常任委員会】
本日、神奈川県議会の全ての常任委員会が開会されます。 私は所属する建設・企業常任委員会に出席します。 今日の委員会を経て、18日の本会議に臨むことになります。 インターネット中継もあります。
https://kanagawa-pref.stream.jfit.co.jp/
12月16日(火)
【今年の漢字】
今年の漢字に「熊」が選ばれたというニュースに、思わずはっとさせられました。実際にクマと遭遇することは多くの地域ではまだ稀ですが、連日のように報じられる出没情報や被害の拡大を見るにつれ、私たちの暮らしが自然環境の変化と密接につながっていることを痛感します。山の実りが不足したこと、個体数が増えていること、里山管理の担い手が減っていること――どれが理由かと単純に言い切れないほど、複雑な要因が絡み合っています。 しかし、この「熊」という一文字には、人と野生動物の関係が揺らぎつつある今の日本社会の写し鏡が表れています。クマだけでなく、イノシシやサル、ハクビシンなど、都市近郊でも野生動物との距離が近づいている現実があります。神奈川県も例外ではなく、丹沢を中心に生息域を持つツキノワグマへの備えや、農作物被害への対策は、県として継続的に取り組むべき課題です。
今年の漢字は、単なる話題づくりの一文字ではなく、「自然との共生をどう再構築するか」という問いを突き付けています。人の安全を守りながら、野生動物との適切な距離を保つ仕組みをどうつくるか。被害対策だけでなく、生息環境の理解や地域協働の体制づくりなど、総合的な視点が求められています。「熊」を通して、私たちの暮らしの足元を静かに見直す一年だったのかもしれません。
12月17日(水)
【神奈川宇宙サミット受付開始】
令和8年2月5日に開催する「神奈川宇宙サミット」について、昨日から来場登録の受付が開始されました。 サミットでは、宇宙飛行士 野口聡一氏など、様々な方に御登壇いただき、宇宙ビジネスの可能性などを発信していきます。 詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.pref.kanagawa.jp/osirase/0604/space-summit/
12月18日(木)
【第3回定例会最終日】
神奈川県議会第3回定例会の最終日で県庁に来ています。 昨日は調整日で夜11時まで会議が続き、職員の皆さんも遅くまで残って事務作業を行いました。 国の補正予算が決まり、県議会でも新たな補正予算審査が行われています。 現在進行中の委員会審査が終わると、2回目の本会議が開かれる予定です。
12月19日(金)
【「取り組み」とは、いったい何だろう】
行政の説明を聞いていると、よく出てくる言葉があります。 それが「取り組み」です。 「〇〇については、引き続き取り組んでまいります」 「課題解決に向けて、取り組みを進めています」 議会でも、記者会見でも、広報紙でも、実によく耳にします。 では、この「取り組み」とは、いったい何を指しているのでしょうか。 事業を実施したことなのか。 検討会を立ち上げたことなのか。 担当部署で話し合いを始めたことなのか。 あるいは、ただ“意識している”という意味なのか。 実は「取り組み」という言葉は、とても便利な言葉です。 何かをやっているようにも聞こえるし、まだ途中であることも表現できる。 一方で、「何を、いつまでに、どこまでやるのか」は、はっきりしないままでも成り立ってしまいます。 行政の仕事は、一朝一夕に結果が出るものばかりではありません。 関係者が多く、調整に時間がかかるのも事実です。 だからこそ、「今は途中段階である」という説明が必要な場面も多い。
ただ、住民の立場からするとどうでしょうか。 困っているのは“今”であり、 求めているのは“取り組んでいる姿勢”だけでなく、 「いつ、どう変わるのか」という見通しです。 本来、「取り組み」とは、 目標があり、工程があり、責任の所在があるもののはずです。 ・何を目的にしているのか ・誰が責任を持つのか ・いつまでに、何がどう変わるのか これが示されて初めて、「取り組んでいる」と胸を張って言えるのではないでしょうか。 言葉は、行政と住民をつなぐ大切な橋です。 便利な言葉ほど、丁寧に使わなければなりません。 「取り組みます」と言われたとき、 その中身を問い続けること。 それもまた、民主主義の大切な“取り組み”なのだと思います。
12月20日(土)
【支援がある社会から支援が届く社会へ】
行政の制度は、多くの場合「平均値」をもとに設計されています。 標準的な世帯構成や平均的な収入、一般的な働き方を想定しなければ、限られた財源の中で公平な制度をつくることが難しいからです。 しかし、私たちの実際の生活は平均ではありません。 単身高齢者、ひとり親世帯、非正規雇用で働く人、住み込みで働いている人、家族の介護を抱えながら仕事をしている人など、暮らしの形は実に多様です。そして、こうした「個別の事情」を抱える人ほど、制度の想定から外れやすいのが現実です。 その結果、現場では「制度はあるが使えない」「違反ではないが前例がない」「基準にわずかに届かない」といった言葉が繰り返し聞かれます。支援を必要としているにもかかわらず、制度の枠に当てはまらないという理由で支援につながらないケースも少なくありません。
これは、行政が冷たいからではありません。むしろ、全体の公平性を保とうとする中で、個別事情に十分対応しきれない構造が生まれていると言えます。 だからこそ重要なのは、制度が「あるかどうか」ではなく、「どのように運用されているか」という視点です。平均値を前提につくられた制度を、現場でどこまで柔軟に扱えるのか。数字や基準だけでは見えない事情に、どこまで目を向けられるのかが問われています。 行政が平均値で動く以上、現場には一人ひとりの状況を丁寧に見る力が欠かせません。その積み重ねこそが、「支援がある社会」から「支援が本当に届く社会」へと近づく道ではないでしょうか。
12月21日(日)
【文章力】
最近、「文章がうまい人が増えたな」と感じることはありませんか。 メールもレポートも、驚くほど整った文章が当たり前のように届くようになりました。その背景には、チャットGPTをはじめとする生成AIの存在があります。文章を書くこと自体は、もはや特別な技術ではなくなりました。 けれど、その一方で、読んだ瞬間に「これは生成AIだな」と分かってしまう文章に出会うこともあります。内容はきれいなのに、なぜか心に残らない。読み進めるほど、書き手の姿が見えてこない。そんな違和感です。 生成AIの時代になって、文章の価値は下がったのでしょうか。 私はむしろ逆で、書き手の思考や姿勢が、以前よりはっきり浮かび上がる時代になったと感じています。 以下のブログをお読みください。
横須賀が目指すべきまちづくり 第3回 横須賀は本当は別の街になれたのではないか
――「都心と違う価値」を取り戻すという選択
第1回では、日本の住宅がなぜ息苦しく感じられるのか、その違和感から考えました。
第2回では、庭が消え、家が密集していった背景に、土地価格や建築制度という「仕組み」があったことを見てきました。
では、その上で改めて問いたいと思います。
横須賀は、本当に都心と同じ住宅のつくり方でよかったのでしょうか。
横須賀が本来持っている強み
横須賀には、他の多くの都市にはない特徴があります。
-
海と緑に囲まれた自然環境
-
丘陵地や谷戸がつくる、立体的な地形
-
都心から1時間圏内というアクセス性
これらは本来、「ゆったりとした暮らし」と非常に相性が良い条件です。
都心のような利便性をすべて備えていなくても、
自然と距離の近い生活を選べる街として、十分な価値を持っていたはずです。
それでも「都心と同じ住宅地」をつくってきた
ところが現実には、横須賀の多くの住宅地でも、
-
土地は細かく分割され
-
建物は敷地いっぱいに建ち
-
家と家の距離は縮まっていきました
結果として、
「都心ほど便利ではないが、都心と同じようにミチミチしている」
住宅地が少なくありません。
これは、誰かの判断ミスではなく、
第2回で見てきた通り、制度の中で合理的な選択を積み重ねた結果です。
ただ、その選択が
横須賀の強みを十分に活かしていたか
という点については、考え直す余地があるのではないでしょうか。
都市は「比較」で選ばれる
人は街を、単独で評価するわけではありません。
-
都心は便利だが、狭くて高い
-
郊外は不便だが、広くて緑がある
この対比の中で、「自分にはどちらが合うか」を選ぶのではないでしょうか。
もし横須賀が、
-
都心ほどの利便性はなく
-
それでいて暮らしの余白もない
としたら、
選ばれる理由が見えにくくなってしまうのではないでしょうか。
いまは「別の選択」ができる時代
しかし、状況は大きく変わりました。
-
人口は減少局面に入り
-
空き家や空き地は増え
-
これ以上、詰め込む必要はなくなっています
今求められているのは、
「どれだけ建てるか」ではなく、
「どんな暮らしを用意できるか」ではないでしょうか。
庭や緑、家と家の距離。
窓を気兼ねなく開けられる安心感。
人も、子どもも、ペットも、少し余裕を持って暮らせる環境。
これらは、横須賀がもともと得意としてきた分野です。
横須賀が示せる「もう一つの答え」
横須賀が目指せるのは、
東京の縮小版になることではありません。
東京にはできない暮らしを、
東京に近い場所で実現すること。
それは、
-
低密度の住宅地
-
緑と共にある日常
-
暮らしの質を大切にする価値観
を、街の選択として示すことです。
おわりに
日本の住宅が息苦しくなったのは、今まで見てきた通り、ルール上決められたことが一つ一つ重なって進められてきた必然的な結果でした。
だからこそ今、別の前提に立った「次の正解」を選ぶことができるのではないでしょうか。
横須賀が、その選択を確かに示す街になれるかどうかの道のりは、こうした事実に多くの関係者が注目し、議論をするその一歩から始まります。
横須賀が目指すべきまちづくり 第2回 庭が消えたのは、好みの問題ではなかった
――住宅密集を生んだ「制度」と「合理性」
第1回のブログを読んで、
「狭い土地は誰も好んでいるわけではない。土地代が高すぎて買えないのだ」
というご意見をいただきました。
また、戦後の人口増加や高度経済成長、宅地の乱開発、そして今後の少子化や相続による空き家の増加、さらには既存の所有権や既得権という大きな課題についても指摘がありました。
どれも、まったくその通りだと思います。
そして実は、これらの要素はすべて一本の線でつながっています。
狭い土地は「選ばれた」のではなく「選ばざるを得なかった」
日本の住宅がミチミチしている理由は、住む人の好みではありません。
最大の要因は、土地価格と制度が組み合わさった結果です。
戦後、日本は深刻な住宅不足に直面しました。
とにかく早く、多くの人を住まわせる必要があり、都市には人口が集中しました。
その中で土地は細かく分けられ、
「買える大きさ」「ローンが組める価格」
に合わせて住宅地が形成されていきます。
広い庭付きの土地は理想であっても、
多くの人にとっては現実的な選択肢ではなくなっていきました。
建築ルールは「庭を守っていない」
ここで重要なのが、日本の住宅を縛ってきた建築ルールです。
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建ぺい率
-
容積率
-
道路斜線・隣地斜線・北側斜線
これらは、安全や最低限の採光を守るための制度ですが、
「庭を確保しなさい」「家と家の距離を取りなさい」
とは一度も言っていません。
認められている範囲いっぱいに建てることは合法であり、
むしろ合理的な選択でした。
結果として、
-
60坪の土地は30坪×2に分割され
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建物は敷地いっぱいに建てられ
-
庭は「余ったら作るもの」
になっていきます。
誰かが間違えたわけではありません。
ルールの中で、正しい判断を重ねた結果です。
かつては「分割を止めていた団地」もあった
私の地元の団地では、40〜50年前の開発当初、
60坪を超える敷地に家と庭を持つ、ゆったりとした街並みがつくられていました。
そこでは建築協定によって、敷地を分割して売ることが禁じられていたのです。
つまり、低密度で庭のある住宅地は、日本でも「意図して」つくられ、守ろうとされていました。
しかし時代が下るにつれ、
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60坪の土地はそのままでは売れない
-
相続で現金化が必要になる
-
協定の期限切れや合意形成の難しさ
といった現実が積み重なり、
分割販売が主流になっていきました。
ここでも、誰かが悪者だったわけではありません。
問題は「できなかったこと」ではない
この話が示しているのは、
庭のある街は、
作れなかったのではない。
守り続ける仕組みが弱かった。
ということです。
そして今、日本は人口減少と空き家の時代に入っています。
かつてのように、詰め込まなければならない理由は、もうありません。
次回予告
次回は、
「横須賀は、本当は別の街になれたのではないか」
というテーマで、自然や緑、立地という横須賀の強みを、住宅地づくりにどう活かせたのか、そしてこれから何ができるのかを考えてみたいと思います。
同じ制度の中でも、街によって選べる未来は違うはずです。






