今日の静岡は、久しぶりの雨で、気温も秋らしくなってきました。


さて、今日、取引先のホテルでの話しの中で、今のアジア情勢がそのまま直撃した現実を

聞かされました。

中国からのツアー団体がドタキャンしてきたそうです。

理由は不明とはいいますが、まあ~こんな田舎町でも外交問題が影を落としているのは間違いないでしょうね。

また、知り合いのビニールの袋を加工している会社も何故か荷物が届かないもしくは、予定通りに入荷しないなどで頭を悩ましております。

レアアースの問題だけじゃないんですよね。。。。


パッと周辺にある物、食べ物をみると、どれだけ日本が海外に依存して生きているのかがわかります。

その為、外交問題では弱腰外交と言われてしまうくらいな対応しかできないのが現状であるんですよね。

そろそろ、日本も自給率UPに関して本腰を入れる時期にきているんだと思いますね。依存体質からの脱却をしないと。。。


尖閣諸島の問題は、どう考えても日本の領土でしょう。

衝突のビデオがあるのに公開できない事情は、上記の依存体質がある為に遠慮してしまっているんですよね。

これが相手の国だったら、ガンガンにアピールして日本をバッシングしてくるでしょうね~間違いなく。


16日中国でデモ(暴動)があった時、実は日本でも渋谷から中国大使館まで述べ6,000人規模のデモがあったのですが、どの系列のTVも取り上げていませんでした。。。WEBで少し記事が検索できる程度です。

外交上の問題からか政府の圧力があったのかもしれません。

また、マスコミの会社の株を異国の人達が持っている現実があり、穏便にしたいとの思いもあるのかもしれませんね。

このデモで国民性がはっきりと表れているのが印象的でした。

日本は、デモ行進の後に抗議文を書面にて提出に対して、中国では日系のレストランや商店を破壊ですからね。力で自分の主張をするやり方には、どうも反発を覚えますね。


最近のマスコミは、一方の報道しかしない傾向が強いです。

これって、怖いですよね。

ほとんどの方は、この報道を信じていますから。。。

偏った報道は、日本の倫理観を崩す要因を担っているのでは・・・とさえ考えてしまいます。


凜とした対応で、正々堂々とNOと言える国になってもらいたいと願いますね。その為には、自分たちが冷静に今、世の中では何が起こっているのかという意識が必要であり、選挙では、本当に志のある方に投票すべきだと思います。この1票に自分の国の将来を託しているわけですから。。。


う~ん、少し難しいテーマだったかも。。。

しかしこの様な問題意識を持つことは大切だと思うんだよね。

安心安全な社会を構築するために、自分たちだけではなく、

次世代の子供達に何を残してあげられるのかを真剣に

考える時期に来ているのだと思う。









































久しぶりのブログ更新です。

お休みしている間、多くの方からの声援やご助言を頂きまして、

改めて、人の暖かみが身に染みるひとときでした。

この場を借りて、お礼言いたいです。。。

本当にありがとう!!!


さて、俺のキャラではないんですが、ちょっと壁にぶつかりましてね

頭を冷やす意味でも冷静になる為、自分自身に自問自答しながら

充電しておりました。


壁については、表現が難しいのですが、本当に悩んでいる方に対して

かけてあげる言葉の重みについて悩んでおりました。

仕事柄、様々な方とお会いします。

それは、健常者だけではなく、ハンディーを背負った方、精神的に

悩んでいる方など様々です。

今回は、精神的に弱くなっている方に対応。

俺には、愚痴をこぼしてくれるんですね。

自分の出来る事は相談(聞き手に徹する)相手になり

少しでもその方のストレスを緩和できればと考えて応対をしておりました。

物質的な支援はできませんが、せめて心の応援者となり、少しでも

何かの力になれればと常々考えていたんですよね。。。

でも究極に極限状態になっている方に対しては、聞き手になっているだけでは通じない事があるって事に気づかされました。


では、どうすればいいのだろう?

自分が出来る事ってなんだろう?

これから何て声をかければいいのか?


相手を気遣っている言葉の表現でも、それは相手を傷つける事にも

なり得る場合もある。


本当に難しいです。

だからこそ、本音の言葉が必要であると実感しました。


そこで、自分の気持ちがブレると駄目なんですよね。

自分はまだ30数年しかの人生経験しかなく、偉そうに言うつもりはないんですが

一歩踏み出しませんか?

考えていないで行動しませんか?

人間なんて万能の神じゃないんだから間違えなんて当然あるんです。

間違えたら、そこで学習したことを今後に生かせば良いんですよ。

物事を考える時、どうも否定から考える傾向が強い方が多いように考えます。

なんでも出来ない理由が先行って感じですね。


引きこもり、ニートの人っていますが、厳しい言い方をさせてもられば

そこが一番、居心地がいいから家にいるんですよね。。。

飯も食べられ、冷暖房の効いた部屋があり生きていけますからね。

そして何故か自分の部屋があったりと、

そんな家にいれば、誰にも干渉されず

だから居心地がいいんだと思います。

本当に居心地が悪ければ、外に出るはずですよ。

俺も一時期、そのような時がありました(笑)

でもね、考えて欲しい。

そこに入れるのは、家族が一生懸命に働いて、家を守っていてくれているからそこに入れるんです。

それを棚に上げて、親に対する横柄な態度、文句を言うなんて、ちょっとフェアーじゃないなと考えますね。

嫌なら自分で自活して、生活しなよってね。


確かに酷い親っています。

だからこそ、それを反面教師にして、同じ道を歩んじゃいけないんだよね。自分が子供の時に親の暴力がトラウマとなり、いつの間にか自分も子供に対して暴力をふるってしまったなんて話しをよく聞きますが、

俺に言わせれば、だから?って感じだね。

それって逃げだし、言い訳にはならないよね。

されて嫌な事は、自分もやっちゃ駄目でしょ。

それをするって事は、どこかでその暴力を肯定しているって事。

なので繰り返しちゃ駄目なんですよ。


人を否定する時って、自分の事は置いておいて、相手に対して不平不満をいうケースって多いですよね。

自分には甘く他人には厳しくってやつ。

ご自身の理論を正当に理解してもらう為には、まず行動しかないんじゃんって思うんだよね。

上辺だけの言葉なんてものは、メッキのようにすぐに剥がれますよ。

そのように素晴らしいご意見(否定)をいう人に限って、何も行動を起こさないんですよね。

もう評論家はいいんですよ。いらないよ。

そこまで言うんなら、まずはあなたが動きなさいよってね。

文句を言う時間がもったいないよ!

相手にばっかり求めるんじゃなく、ご自身が体で示しなさいよってね。


本当に多いです。この傾向は、今の社会を反映しているっと感じがしますね。

本当に生きなきゃいけないっていう極限に達した時、悩んでいる時間はないと思うんです。

それは理論より行動が先行して、必死に働くと思うんです。

言葉での声援はもらえますが基本、誰も助けてはくれませんよ。

なぜなら、みんな必死で戦っているんですから。。。

自分自身の事は、自分で守らないと。

ただね、会話をするって事は大事で、同じ境遇な人でも同じ過酷な中で必死に生きている人がいるんだって事を感じることができれば、勇気が沸くと思うんです。そこからパワーをもらえる。


本当の地獄を見てきた人ほど、明るいって事がわかると思いますよ。

ある方が言っていました。

「悩みなんて言える内は、まだまだ余裕があるって事だ。本当に切羽詰まったら、ウダウダ考えてなんていられねえよ。命が残っているんだろう。

物質な物が無くなったとしても健康な体があれば、いつでも取り返せる。

生きたくても生きられない人程、生きる事に対して精一杯の抵抗をする。

生きたいという執着心がとてつもないパワーを生むんだ!」

その方は、病気により利き腕半身不随になってから気づきの発した言葉です。


今回は、ものすごく勉強になりましたよ。

改めて生きるって事の意味を考えさせられました。

おかげさまで、人との会話が益々、楽しくなりましたね。

本当に感謝です。


ブログやメールを通して、ご心配をおかけしまして

申し訳ありませんでした。

ちょっと表現が足りなく、別の意味でご心配をされた方も

いらしておりましたので、本当に恐縮しております。

コメントの返事は、随時書かせて頂きます。

ありがとうございました。


これからも気合い入れて生きて参ります!

それとこんな時代だから、ストレートに発言して行きますよ!

なので、皆様の叱咤激励のコメント大歓迎です。

それが俺を更に成長させていただけると思います。

感謝!!!













































五日前くらいから気分が優れない。。。

気持ちもDOWN

熱はないんだけどね。。。

最近、トラブルが続いていたせいもあるからかな。。。

眠いんだけど眠れない。

キャラではないんだけど、今、超~弱気です。。。

集中力もなく、覇気がないって事は自分でもわかる。

なんだろね。。。






先日、「お墓の墓場」というタイトルでTVにて放映されておりました。

廃棄された墓石を集めて処分する光景は、とても寂しいの一言に尽きますね。

これは、核家族化、未婚化や少子化などの影響で、墓を管理する方が少なくなっている背景があり、墓守する人がいなくなれば、墓石は撤去され、更地になっていく。そこで廃棄される墓石が出てくるという流れです。中には、経済的にも問題がないのに面倒だからとの事で疎かにされている方も多く、何年も手入れをしないことで荒れ放題となっているお墓も多いそうです。。。


昔は、先祖代々受け継がれている家、墓を長男が継承し守ってきました。しかし、核家族化でそれぞれの生活がバラバラになり、やがては自分のルーツである先祖に対して敬う気持ちが希薄になるといった状況になっているのも墓守をしない要因の一つかもって思いますね。


お墓を持つという事は、経済的にも後継者の問題もあり、必ずしも誰もが持つべきとは思いません。

それなら永代供養という方法もある訳で。。。

ちなみに永代供養は、お墓参りしなくてもお寺が供養と管理をしてくれる制度です。

ただこれは、10回忌、30回忌や50回忌までといった内規がある場合や、霊園の倒産、寺院の廃寺などによりこの「永代」も保証されるわけではないので、注意です。


俺は、恥ずかしい話ですが、親父が亡くなる際に起きた親戚との葛藤がありましたので新しくスタートする意味を込めて別に墓を建てました。。。

これは、親を敬う気持ちと自分自身が悩んだときに今一度、原点に戻るキッカケ、場所があれば・・・との意味を込めて建てました。

なので毎年、命日、お盆の時期だけではなく、報告したいことがあれば頻繁に行っています。

手を合わせながら、親父の残してくれ言葉「一日一生」を思い返し、今、俺がすべき事を頭の中で整理をしています。。。

子供も連れて行き、お墓参りの意味について、その都度、話しをしていますね。

まだ子供は小さいんで、今はお供えのお菓子が食べられる事の方が興味が強そうですが小さな手を合わ、自分のすべき事を口にしながら、拝んでいる光景は、とても嬉しく思います。


なにもお墓を建てなくてはならないと言うことではなく、家の中の一角にて手を合わせられる場所があれば、それで十分であると思いますね。今の自分があるのは、親が先祖がいたからこそ。

ただ中には、様々な家庭環境もあるんで、状況によっては親に対して、そのような感情を持てない方もいると思います。

だとしたら、この世に生を頂いたって事に対しての感謝の気持ちだけでもいいんじゃないかなって思うな~。

大事なのは、嫌な経験を自分も繰り返さないって事。


お墓って家族を繋げる絆の場であると考えてるんです。

なので無宗教の俺は、○○家とは名乗らず、両家入れる事が可能にする為、「絆」を墓石に刻んでいます。。。

縁があれば誰でも入れるようにね。


感謝の気持ちを忘れず、これからも墓守をしていきます!