タイトルはChicagoというバンドの有名な曲から、、、
Take me back to Chicago直訳すると「シカゴに連れて帰って」ですが、邦題は「シカゴへ帰りたい」。
Chicagoと言えば
Hard to say I'm sorry(邦題は「素直になれなくて」)という超大ヒット曲が有名過ぎて、外の曲が霞みがちですが、どの曲も名曲です。
シカゴ出身のスタジオミュージシャンで70年代にシカゴで結成されたバンド。大人気になって、活動は全米に広がりますが、メンバーはきっとふるさとシカゴに帰りたかったんでしょうね。
僕は南区生まれの一応東区育ちですが、幼稚園入る前までは、県内を点々としていたようで、
一番古い記憶は4歳頃の、糸田町の社宅で母親と姉と散歩してる時のものです。
高校大学は久留米で、働き出してから福岡→北九州→唐津で、その後数年福岡で、大阪に2年単身赴任して、9年前に親の商売を継いで以来ずっと東区。
なので、久留米、北九州、唐津、大阪市は割と土地勘があるような気がします。
あと海外旅行でシドニーとハワイと香港2回プサン2回シンガポールと北京とストックホルムと行きましたが、、、
そんなどうでも良いことをなぜ書いたかというと、
いろんな町の中でも、未だに「大阪市西成区」以上の町に出会ったことがない!と言いたいからです。
決して西成区を非難してる訳ではない、というか、Chicago風に言うと、
西成に帰りたい2年間住んでた大阪の中では一番好きな町。当時週に1回、西成区天下茶屋に
「土曜の午後から月曜日の早朝まで泊まり込み」のバイトに行ってました。
42時間連続勤務、とは言うものの、
定時で巡回して、簡単な書類に何に目を通してサインして、後はほぼ宿直室で寝てるだけ。近くになら外出しても良いという高待遇。
給料も良かったのですが、、、
西成にあるというだけで、バイトの人手がいつも足りない、とのことでした。
地下鉄の花園町というところで降りて商店街を抜けて、15分くらい歩いてバイト先にいく途中には、それはそれはワイルドな街並みが展開していました。南海電車のガード下にはいつも同じおじさんが寝てました。
小学校の前には小さなボクシングジムがあって、ラーメン一杯100円の店があって、救世軍の西成教会が食べ物配ってて、でっかい生活困窮者施設と、そこへの差し入れ品を売ってる「お店やさん」があって。ここで買い物をすると、よく消費期限ギリギリのカップめんやお菓子なんかをおまけしてくれました。
酒屋の前で昼間から酔っ払ってるおじさんや、チリチリパーマに厚化粧にラメ入り派手シャツで仕込みしてる焼肉店のオモニや、公園でタバコ吸ってるヤンキーのにいちゃんやら、、、
僕のアパートがあった北区の中津からは地下鉄で30分くらいかかってたのですが、バイトじゃない日もよく、きらきらした梅田や明るく賑やかな難波を通過して、天下茶屋や花園町に独りで飲みに行ったりご飯食べに行ったりしてました。
西成には美味しい店が多くて値段も安いのですが、2年間のうち3回ほど、飲んでる店の中で怒鳴り合いの喧嘩がありました。ビックリしました。
でもなぜだか良い人が多くて、人なつこい町でした。食べ物やさんも安くて美味しい店が多くて、独りで飲んでると必ず店のおばちゃんか客のおじさんが話しかけてくれてました。にーちゃん、九州から来てるんか?単身赴任なんか?って。
分かりやすく言うと、「箱崎吉塚千代」をもっとディープにして少しだけ賑やかにした感じです。
一度、家族をつれて好きだった焼き肉屋さんに行ったら、奥さんは二度と行きたくないと言ってましたが。確かちょうどそのときに焼き肉屋で喧嘩があって、幼稚園児だった娘が怖がって泣いたんですよね。いいおもいでです。
西成区天下茶屋一丁目、「くいや」めちゃくちゃお勧めです。焼肉の町鶴橋の、どの店よりも美味しい!らしいです。
くいや ロコYahoo!いつか時間作って大阪に遊びに行きたいなー。
なんでこんな徒然なるまま的ブログを書いたかというと、新しいエディタをためしたかったからで、リンク貼りがうまくいってなかったらすみません。
なが.