口腔がんになった父 -2ページ目

口腔がんになった父

色々ありながら呑気に暮らしていた矢先
最愛の父が口腔がんに
2020年夏オペ終了
何も問題ないと太鼓判押され喜びも束の間12月再発 取りこぼしがあったと言われ2021年1月再度オペ 追加治療になりそう

すっかりブログを書かないまま

八月になりました

父の四十九日もあっという間に終わりました

全然悲しくなかった


妹が退院して七月からようやく何となく日常に

戻りつつありましたが、父が何もあとのことを

やらずに亡くなったので、事業のこと、家のこと、相続やお墓のこと、税金、銀行、土地のこと そして母と妹のこの先のこと

全部全部私に背負わせて逝ってしまいました

私は父が入院した4月からほとんど自宅に帰れず、ずっと実家に寝泊まりし、家事、妹の介護、父のあとのこと 気が狂うほどの日々を過ごしていました 自宅に帰りたい でも母と妹を残して帰れない イライラして悲しくてどうしようもなかった 父のことが恨めしかった

私はどんどん痩せてしまい、あまりに体調が悪くなってしまったので検査 色々ありました💧


今月になってようやく週一回くらい自宅に戻れるようになり、少しずつ気持ちも前向きに、、

なってきた?どうだろう


でも最近急に思い出す

厳しくていつも苦虫を噛み潰したような顔をしてた父の、泣きそうな笑顔を

お酒に酔って家族に絡んで早く寝なさいと

母に諭されていた父の姿を

門を閉めに行く時の草履の音を


泣きたくなる

急に

もう会えないだなんて

全然悲しくないのに

父に気を遣って生きていかなくていいんだから

もう血液検査の結果に

主治医から何言われるかなんて

気にしなくていいのに


父の通院していた病院に保険会社に提出する

書類のお願いに行った

別にどうでもなかった

でも帰る時 玄関を出た時

いつも足が痛くて電車に乗れなくなった父を

タクシーに乗せて

バイバイと窓越しから手を振る父を

見送る自分を思い出してしまった



そんなことを考えながら

もうすぐ新盆です



先週日曜 何だか妹がぐったり

頭が熱い

熱を測ると39度近い

たまに熱がこもることもあるので様子を見るが

月曜、首元にいくつか発疹があるのに気づく

火曜、お腹あたりにも発疹が広がり訪問医に来てもらう 尿が16時間出ない

多分水疱瘡だと思うが重症化の恐れがあるため救急車で病院に行った方が良いとなり、そのまま夕方搬送 病院に到着するも高熱と発疹のため簡易処置室で山のような検査をされようやく夜中に病室に入れてもらう

妹は全介助なのでそのまま母も付き添い入院する


それから三日間は高熱と酷い発疹で不安な日々を過ごす

父が亡くなって間もないのに何でこんなことに?

母も一日中病室にいて本当に辛そう

私も自宅から毎日早朝実家に行き車に乗り換えて病院に行く日々

もう体力的にも精神的にも限界


先の見えない不安

父の亡くなった後の手続きも何もかも宙に浮いたまま


でも、ようやくようやく昨日退院許可が出て

今日退院できました

10日間

長かった、、、

母は一日だけ昼間私とバトンタッチして自宅に戻りシャワーを浴びたけれど、それ以外はつきっきりで24時間介護していました

本当に我が親ながら頭が下がる、、


発疹の跡もまだまだ酷いけれど自宅にもどれてホッとしています

なんで神様は私たちにこんなにも試練を与えるのかな

と少し恨みたくなったけれど、、、





5月19日

朝8時10分ごろ

父は息を引き取りました

13日 月曜に退院してから約1週間

母 妹 私 叔父 訪問看護師さん達と

父に付き添い励まし、手を繋ぎ、

夜通し語りかけ、素晴らしい時間を

父と過ごすことが出来ました

日曜の朝みんなバタバタと家事などしていて

賑やかな音を聞きながら

父は天国に行ってしまいました


自宅で葬儀をし

自宅から家族親族で静かに父を送り出しました


悲しくないんです 嘘みたいに

晩年は苦しい顔ばかりしていたから

安らかな顔を見ることが出来て

良かった!本当にお疲れ様!

という気持ちでいっぱいなんです

不思議

ずーっと不思議な時間を過ごしています


またゆっくり色々振り返りたいと思います


とりあえず父の闘病記はおしまい

たくさんたくさん皆様には励まして頂き

本当にありがとうございました

人は一人ではない

たくさんの人に支えられて生きていること

父の病気を通して教えてもらいました