春草様は今の王様の第三王子であり、皇太子様の実の弟である
王家では稀に『神の御遣い』と呼ばれる異能者が生まれる。その異能とは予知夢--つまり、未来に起こることを夢で見るのだ。春草様曰わく、毎日見る訳じゃなくて夢を見たときにこれは予知夢だと何となく分かるらしい
そして、彼が『神の御遣い』であることと私の許婚であることとは全くの無関係だ。私の家は代々この国で最も魔法に長けた人物を占いで選び出すというしきたりがあるのだが、私の相手がまさかの春草様だった。三度占って三度同じ結果が出たのだから間違いない
王子様で『神の御遣い』でこの国で一番魔法に長けている。それに加えて見目麗しい
これだけの長所があるのに、短所もあるのがやはり人間といったところか
意地悪だし、面倒くさがりだし、自由気ままだし、天の邪鬼だし…………………でも、好き
あらかた片づけ終え、トントンと紙の束を整えていると、春草様が真面目な顔で文字を書き連ねていた。筆を置くとそれを丁寧に折り畳み私に渡した
後でお父様に預けておかなければ、と頭の中の予定に書き込みつつ私は春草さんに尋ねる
「見たんですか?」
「君の帰りがあまりに遅いから昼寝してた。そしたら、ほんの少しだけ」
嫌みを交えながら私に抱きついた春草様は疲れたような息を吐く。『神の御遣い』が見る夢はだいたい良くない夢が多い。だから春草様は、自分が予知夢を見ない方がこの国は幸せだと言う
私が頭を撫でると、春草様の体から力が抜けていく。もっと撫でてほしいとねだる彼の望みに応えていたらしばらくすると満足したらしい
「うん、元気もらった。ところで、芽衣」
顔を離した彼は意地悪な笑みを浮かべていた
「試験はどうだったの?どうせ悲惨な点を取ったんだろ?」
「………ま、まだ返ってきてないので何とも……」
白けた瞳で相槌を打った春草様は新たな紙を1枚取った。床に広げた髪に手を突いて目を閉じた。すると紙に文字が浮き上がっていく。それは間違いなく私の答案用紙だ。唖然として口を開ける私をよそに最初から最後まで目を通した春草様は笑い出した
「ははっ、何これ。酷いにも程がある」
「笑わないでください!これでも頑張ったんです!」
「はいはい」
明らかに馬鹿にしている。むすっとした顔でそっぽを向く私の顔の前に答案用紙が突きつけられる。わざわざ春草様の採点付きだ
「賭けは俺の勝ちだよね?」
「………………はい。何をすれば良いですか?」
「君を好きにさせて。俺の気が済むまで」
「んんっ………」
既に頭の中で考えていたらしく返答はすぐに返ってきた
濃厚な口づけと共に
「はぁ………何、もう降参?」
どれくらいの間春草様の好きにさせられていたのだろう。分からないけど今の私は酸欠で頭がクラクラしている。春草様はこれ以上はせずに私の息が整うまで待ってくれた
「代わりに、俺のお願いをもう1つ聞いて」
「何ですか?」
「芽衣の学校に行ってみたい」
「ダメです」
「何で」
みるみるうちに不機嫌になっていく春草様に私は諭す。もう何百回も言っているのに春草様は諦めが悪い
「春草様を神殿の外に出すわけにはいきません。外には春草様にとって良くないものもたくさんあります
万が一怪我をしたり悪い人に連れ去られたりしたら大変です」
「嫌だ。出たい。第一、俺を見たって誰だか分からないだろ」
『神の御遣い』の存在は公には隠されている。知るのは王家と神殿に仕える人間のみ。お城でも、騎士や召使いたちには伏せられている
「すぐに分かるに決まってるじゃないですか。王様によく似てるって小さい頃から言われてたんですよね?」
見事言い返せた。痛いところを突かれた春草様は口の中でもごもごと言葉を転がしていたが、やがて怪しく笑みをつくった
「俺だと分からなかったらいいんだよね?」
春草様は立ち上がると手を床に向けた。すると白色の紋様が浮かびそれは魔法陣を作り上げる。中央に光が集まりだし、ついには何かの形になった
白い毛並みに綺麗な形の三角の耳。優雅に尻尾を振るそれは子猫だった。私はこの子猫に見覚えがある。数年前に春草様が退屈しのぎに創り出した使い魔だ。何故か私のことをすごく嫌っていて、手を引っかかれた思い出がある
この子を出した後も春草様は何かの魔法をかけていた。大人しく待っていると、突然春草様がバタリと倒れた
「春草様!?」
「平気。意識をこっちに移しただけ」
目を覚まさない春草様の体を抱えていると足元の子猫が喋った。ぴょーんと飛び上がると私の頭の上で丸くなる
「ん………芽衣の頭暖かい」
「えっと…春草様ですよね?」
視線を上にすると子猫が私の顔をのぞき込んだ。ピンク色の鼻とピクピクと動く髭が可愛い
「そ。猫だったらバレないだろ?」
「まあ確かに…………って、ダメですよ!」
「何がダメなの」
「本物の春草様が目を覚まさないって大騒ぎになります!」
「もしもの時は戻るから」
「でも……ひっ!!」
息を呑んだ私の目には子猫の白い前脚が映っている。その鋭い爪が私の目を突っつこうとする
「言うこと聞いてくれないと…「聞きます!」
こうして春草様は初めて神殿の外に出ることになった