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novels by naecha

「明治東亰恋伽」の小説を書いています
初心者ですが、温かい目で見てください

夜--
雨もすっかり止み、水たまりが星と月を映している
夕餉の後ずっと部屋にこもりっきりだった俺は、そろそろ風呂に入らなければ、と思い廊下に出た。ふと思いついて目を閉じれば、夜の風が頬をなでる感触、雨で湿った土の匂い、虫や蛙の鳴き声。目に見えなくても夏を感じさせてくれる、そういったものに身を委ねていると、ぺらり、何かをめくるような音がした。周りに視線を巡らすと縁側に座っている芽衣がいる。何か大きな本のような物を広げている彼女は俺の存在に気づいていない。何を見ているのか気になった俺は近寄るとそれが何なのかすぐに分かった。無言で芽衣の手からそれを取り上げる。一瞬の出来事に芽衣は少しの間固まって、すぐに顔を上げた
「春草さん!返してください!」
芽衣は不満そうに手を出すが、俺には返す気など全くない。何より見られてあまり気持ちのいいものではない
「駄目」
「どうしてですか?」
「それは……。そもそも、何で君が持ってるわけ?」
「えーと‥為吉さんにもらいました。今日のかくれんぼの時に押し入れの中にあったのをたまたま見つけたからって」
かなり奥に隠したつもりだったんだけど…どうやら見つかったらしい。しかし、為吉兄さん、どうして芽衣にあげたのだろう?
芽衣の側には、他にも何冊か置いてある
「とにかく、返してください!まだ途中なんです」
「嫌だ。こんな物見てもおもしろくないだろ」
「おもしろいっていうか……綺麗だなって思います」
「どこが?こんな子供の描いた絵」
そう。芽衣が見ていたのは俺が小さい頃に描いた絵。母さんがわざわざ本のようにまとめて画集にしてくれていたけど、誰かに見られたくなかったから、上京する際、押し入れの奥に隠したのだった
「だって山の中とか池のほとりとか、自然がいっぱい描かれているんですよ。すごく綺麗じゃないですか」
「散歩のついでに描いただけ。落書きみたいなものだから」
「そんなことないです!」
適当に返した俺の言葉に芽衣は噛みつくように言った
「だって春草さん、たとえスケッチでも絵を描くときはすごく熱心じゃないですか。小さい頃だってそうだったはずです!」
そこまで言い立てると一つ深呼吸をし、少し落ち着いた口調になる
「春草さんから見たら落書きみたいなものかもしれないですけど、私にとっては春草さんの描いた絵はどれも大切なんです。それが小さい頃の物だとしても」
真剣そのもの芽衣を見て、芽衣に画集を差し出す
何となく、彼女にだったら見られてもいいと思った
「え?いいんですか?」
「俺には必要ないものだから、君が好きにすればいい」
「ありがとうございます」
俺の手から受け取った芽衣は、嬉しそうな顔をして絵を見始めた。俺も隣に座って一緒に眺める
「それにしても、春草さんって本当に昔から絵が上手だったんですね。私の小さい頃の絵なんかと全然比べものにならない」
「それはどうも」
「あ、猫」
茶色い猫を見た芽衣が一段と嬉しそうに目を細める
「春草さん、やっぱり昔から猫好きだったんじゃないですか?」
「は?別に好きじゃないけど」
前から何度も違うと言っているのに、未だに芽衣は俺が猫好きだと思っている。否定してもおかしそうに笑うだけだ

他にも動物だったり、草花だったり、建物だったり、家族の絵だったりと、いろんな絵があった。芽衣は1つ1つ絵を見る度に、少しずつ表情を変え、俺にはそっちの方が興味深いと思った
ときどき真っ白になっているページもあった。たぶん、化ノ神になって逃げ出したまま戻ってこなかったのだろう。上手く描けたと思った絵に限って知らぬ間に逃げ出されて困っていたのは今も昔も変わらない



「君はさ、どの絵が気に入ったの?こんなに見てたら1つぐらいあるだろ」
一冊見終える頃、尋ねてみた
「気に入った絵‥ですか?」
しばらく悩んでいた芽衣は側に置いてあった別の画集を手にとる。ぱらぱらとめくっていた手があるところで止まった
「この絵が好きです」
芽衣が見せたのは山の中の景色。小川のほとりに白い花がいくつか咲いている。
右下には、その花のスケッチもある
「この絵を見たとき、すごく感動したんです。すごく静かな絵なのに、川のせせらぎとか風の音とかが今にも聞こえてきそうで。それに、この花もすごく可愛いですよね。何ていう花なんですか?」
「ああ、これは‥」
言いかけて口をつぐむ
「そんなに気になるなら、明日実際に見に行ってみる?たぶん今頃咲いていると思うし」
「え!?行きたいです!」
ワクワクした顔になる芽衣
「じゃあ、明日のために今日はもう寝なよ。寝不足で起きないようだったら行かないから」
そう言って立ち上がった俺に、芽衣は頬を膨らませた
「ちゃんと起きれます!」
「そう?」
「はい、明日楽しみにしてますね」
そう言ってにっこり笑う芽衣の嬉しそうな顔を見ると、俺もつい口元がゆるみそうになる。けれどもその顔を見られないように背を向けた
「おやすみ」
「おやすみなさい、春草さん」



芽衣の声を背中で聞いた俺の口元はやっぱりゆるんでいたと思う