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novels by naecha

「明治東亰恋伽」の小説を書いています
初心者ですが、温かい目で見てください

朝食を食べていると準ちゃんが話しかけてきた
「ねえねえ、芽衣お姉ちゃん。今日どこか遊びに行こー」
「ごめんね。今日三男治さんと出かける約束してるから一緒に遊べないの」
申し訳なさそうに言うと、準ちゃんはちょっと不満そうになった
「えー。じゃあ準も連れてって」
「やめとけ。準」
意外にも止めたのは唯蔵君だった
「そんなことしたら、馬に蹴られるぞ」









「ごほっ」
野菜の煮物を口にしていた春草さんがのどに詰まらせてむせた。ごほっ、ごほっと咳を繰り返している彼の耳が少し赤くなっているのを見て、さっきの唯蔵君の言葉を思い返してみる
(え、“馬に蹴られる”って、そういう意味!?)
遅ればせながら気づいた私も次第に顔が赤くなる


咳が止まらない春草さんと顔を赤くしてうろたえる私に、兄妹の皆さんが(生)暖かい視線を送っている中、準ちゃんの
「そうなんだー。2人でお馬さん見に行くんだね」
という無邪気な声が響き渡った









「いってらっしゃーい」
笑顔で家を送り出された私たち。家を出てからも春草さんは不機嫌そうな顔で黙ったきりだった。ようやく口を開いたのは山に入ってからだ
「…まったく、唯蔵の奴」
「あはは‥」
その後もぶつぶつ文句を言う春草さんに、私は乾いた笑みを繰り返すしかない
そうやって足元を見ていなかったからだろう
「うわあっ!」
昨日の雨のせいでぬかるんでいる箇所がいくつかある。そのうちの一カ所で足を滑らせてしまった
「ちょっと!」
春草さんが腕を掴んでくれなかったら、転んでいただろう
「気をつけなよ」
手を離しながら春草さんが言う
「すみません。気をつけま……うわあっ!」
言いかけたところで再び滑る。再び腕を掴んだ春草さんは1つため息をつくと、そのまま私の手を握って歩き出した
「あ、あの、春草さん?」
「これで転んだら承知しないから」
「は、はい」
確かに、これで転んでしまったら春草さんまで巻き添えを食らってしまう。気をつけないと、と気を引き締めながら春草さんの手に引かれて歩いた




「何きょろきょろしてるの」
春草さんに手を引かれるまま歩いていた私は、ずっと周囲を見ていたから、彼は不思議に思ったようだ
「こういう自然がいっぱいの山って珍しいと思って」
そりゃあ、現代にも山とかはあるけれども、こんな風に人の手が入っていないまま残っている自然ってあまりないと思ったんだけど…
「は?珍しい?山なんていくらでもあるだろ」
やっぱりここら辺の感覚は春草さんには分からなかったみたい。怪訝な顔で聞き返された
「あ、私がこういう山に行ったことなかったってだけです」
「ふうん。君って確か東亰生まれだっけ?」
「はい」
正しくは『明治の東亰』ではなく、『平成の東京』なのだが
「東亰にも山があるのに、本当に登ったことないの?」
「ないですけど…え、東亰に山があるんですか!?」
これで奥多摩の山とか言われたら、行けないけれども、近くにあるなら是非行ってみたい
「『箱根山』って名前の山があるんだよ。戸山っていうところにあるんだけど知らない?」
「ええと、戸山ってどのあたりなんでしょうか?」
「確か早稲田の近くだったかな」
「へえ、知らなかったです」
まさか東亰の、それも都心に山があったなんて驚きだ
「登ってみたいです」
私がそう言うと、何故か春草さんは吹き出した
「どうして笑うんですか?」
登りたいと言っただけなのに。笑われたのが少し不愉快で拗ねたような声になる
「ごめん。まさか、本当に知らなかったなんて。箱根山は、昔に池を掘ったときの残土を積み上げて作ったって言われてて、山と言っても君が思ってるような山じゃないから。登っても麓から山頂まで5分もかからないらしいし」
「え…………」
「がっかりした?」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。ハイキング気分を味わえたら、と一瞬期待してたから
「まあ、その分ここでゆっくり自然を堪能すればいいよ。運が良かったら熊にも会えるから」
「それ、運が良いって言えるんですか?むしろ、襲われるんじゃ…」
熊に会ったら死んだふりをしろ、とはよく言うけれども、それを実践する時が来るのだろうか
「こっちから手を出さなければ、襲われたりしないから。むしろ俺は、君がいるから心強いけど」
「本当ですか!?」
私だって春草さんがいてくれたら、熊に出会っても落ち着いていられそう、と思ったのだが、彼はどうやら違ったみたい
「君なら熊にも勝てそうだろ」
「……………………」












その後も山の中を歩いて(熊には会わずにすんだ)、ようやく目的の場所へたどり着いた

「うわぁ、綺麗‥」
木々の合間から太陽の光が射し込み、幻想的な雰囲気だ。深い緑の木々の下を小川が流れ、その側に絵で見た白い花が咲いている。小さい花なのに、緑の中で映えていて、とても目立っている

木の根元に荷物を置き、画材道具を取り出している春草さんに構わず、私は小川に走り寄り、そっと手を入れてみる
「ひゃ、冷たい」
少し行儀が悪いと思いつつ、近くの岩に腰掛け、袴の裾を捲り上げると、川の中に足を入れた。さっきまでずっと歩いていて暑かった分、今はとても心地よい。近くに咲いていた白い花を手折り、顔の前まで近づける。よく見ると花びらは糸のように細く裂け、真ん中が黄色い。花びらと対照的に葉は丸くてとても可愛らしい花だ
「春草さん。この花、何て言うんですか?」
花を持ったまま春草さんの方を見ると、私を見つめる彼は茫然とした様子で立ちすくんでいた
「あの、春草さん?」
「………」
呼びかけても反応しない
(まさか…)
心の中で不安に思いつつ、もう一度呼びかけてみる
「春草さん、聞こえてますか?」
「………美しい」
小さな声でつぶやいた春草さん。その声は、感激のあまり震えている
「………………」













(まさか、まさかまさかまさか!)
私の中の推測が確信に変わったのと、春草さんが恍惚とした表情でこちらに近づいてきたのは同時だった












「ああ!なんて美しいんだ!花を見つめる慈愛に満ちた眼差しといい、弧を描いた口元といい、まるで山に降りてきた天女のようだ!」



(これは……………画家モード!!)

「ああ、さっきのように花を見つめて。そう……もう少し顔を下に……」
唖然とする私に、春草さんが指示を出す。納得のいく構図になったらしく、感無量といったように息を吐き出した

「ああ、完璧だ。神は何故このようなものを創りたもうたのか!
水面に反射した木漏れ日の光のせいで、まるで君自身が淡く輝いているみたいだ……
その輝く亜麻色の髪も、 はしばみ 色 の瞳も、紅色に染まった頬も、桃色の唇も……まるでこの世のものとは思えないくらい神秘的だ!」












その後も口説き文句を次々と口にしながら、絵を描いていく春草さん

「君、自分がどれほど美しいかなんて考えたこともなかっただろ。だから、俺が教えてあげる。俺をここまで夢中にさせる罪作りな君の姿を、絵の中に閉じこめてあげる」
なんて、普段なら絶対に聞けないような甘い言葉を、甘い声で、耳元で囁かれて、思わず顔を赤くすると、春草さんのテンションが更に上がったらしく、ますますヒートアップした




「ああ、君はどれだけ俺を惑わせれば気が済むわけ?永遠に、君を手放せそうにないよ‥」