えっと、、、この子は誰なんだろう?
生ぬるい風の吹く午後、私は門の陰に隠れながらこちらを睨んでくる子供を凝視していた。私の記憶が正しければ、ここは紅葉先生の家
-つまりは、鏡花さんの下宿先
音二郎さんの代わりに鏡花さんに原稿を返しに来たのだが、誰も出てくる様子がなく、きょろきょろと家を覗いているとこの子がいることに気がついた
夕焼けの空のような明るい色の髪に緑色の瞳。鏡花さんにそっくりだけど鏡花さんはここまで小さくない
-そう、この5歳くらいの子供が鏡花さんのはずがないのだ
「なにジロジロ見てんのさ」
私が頭の中で結論づけたとき、鏡花さん似の子供が言った。その甲高い声を聞いて、たぶんこの子は女の子だろうと思った。口調まで鏡花さんそっくりだ
(分かった。この子は鏡花さんの妹さんだ)
以前このくらい年の離れた妹さんがいると聞いていたから、私はそうだと確信した
「こんにちは。鏡花さんいますか?」
その子の前にしゃがみ込んで笑顔で話しかけた私は、
「はあぁぁぁぁ?」
と耳元で叫ばれ、思わず耳をふさぎそうになった。頭がキンキンする
「あんたバカじゃないの?僕なら今!目の前にいるだろ!?」
「へ?」
もう一度言うが、今、私の目の前にいるのは5歳くらいの子供だ。女の子じゃなくて男の子だったけど
「……鏡花、さん??」
「なに、あんたまさか自分の恋人の顔も忘れたの?ホント、どうしようもないグズだね」
私のことをグズと呼び、こちらを睨みつける瞳は間違いなく鏡花さんのものだけど、だけど…………
「あの、私が知ってる鏡花さんって私と同い年くらいのはずですけど」
「普段はね」
「え?それってどういう…」
事態が飲み込めない私が聞き返すと、子供は頭をガシガシと掻いた後、大きな声で叫んだ
「だ~か~ら~!幼くなってしまったって言ってるだろ!!」
「へ?…………………ええええぇぇ!!!!」
鏡花さんの身に異変が起きたのは今朝。目を覚ますと、何故かは分からないが身体が小さくなっていたらしい。唯一幸い(?)だったのは紅葉先生や他のお弟子さん達が外出中であること。もし見つかったら、大騒ぎになっていただろう
…その代わり、私が盛大に騒いだが
「…大変だったんですね」
うさぎグッズで埋め尽くされている鏡花さんの部屋で一部始終を聞いた私がそう言うと、彼は眉間に皺を寄せた
「なんであんたじゃなくて僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」
「へ?私ですか?」
「そうだろ?あんたってグズだし、鈍くさいし、いかにもこういう面倒事に遭いそうじゃないか」
いつもと変わらず言葉は辛辣だけど、今の幼い鏡花さんだったらあんまりグサッと来ない。やはり、見た目というのは重要だ
「なにジロジロ見てんのさ」
いつの間にか鏡花さんのことをじっと見つめていたらしく、とても嫌そうな顔で言われた
「え?あの、なんだか幼い鏡花さんって可愛いなぁって思って」
私が素直に言うと、彼はますます嫌そうな顔になった
「はぁ?何言ってんのさ。…あんたまさか僕のことを女の子だと勘違いしてたりしないよね!?」
--ギクッ!
まさにそう勘違いしていた私が肩をビクつかせると、鏡花さんの目が細く狭められた
「ふ~ん……勘違いしてたんだ」
「い、いえ、違いま」
「してたんだ」
「だ、だから、」
「…………………………」
「…………………………すみません」
鏡花さんが発する無言の圧力に負けた私が謝ると、彼は大きくため息をついた
「まったく、信じられないよ。あんたまで川上みたいに僕のことを『鏡花ちゃん』だなんて呼ばないでよね」
お小言が始まりそうな予感に私はそっと足を正した
すると、
ゴロゴロゴロ……
「ひっ!」
遠い空から聞こえてくる音に鏡花さんは怯えたような声を出す。ぱっと窓の外を見れば、置屋を出たときはまだ薄い雲がかかっているくらいだったのに、今では空がどんよりと曇っていた
しかも、雨までぽつぽつと降り出す始末。傘持ってないな、どうしよう、と私がのんきに考えていると、
ゴロゴロゴロ……ピカァッ!!
「ぎゃあああああ!!!」
雷の音をかき消すような叫び声をあげるのは言うまでもなく、鏡花さん。むしろここまで叫んでいれば、逆に雷の音なんて聞こえないんじゃないかってくらい、部屋中に響く声に思わず耳をふさぐと、鏡花さんが私に抱きついてきた
「え、鏡花さん?」
「……………」
私の着物をぎゅっと握りしめ、顔を埋める彼。どうすればいいものか、と悩んでいると再び走る閃光、そして鳴り響く音
さらに力を込めてしがみつかれると、ちょっと息苦しさを感じる
「あの、鏡花さん、ちょっと苦しいです」
ゴロゴロという音の合間にそう訴えると、鏡花さんは顔を上げた。心なしか目が潤んでいる
「な、何さ。あんた、こんな幼い子供が怯えてるんだからもっと優しくしなよ」
「ズルくないですか、それ」
その言い分はかなりズルいと思うんだけど、確かに、今の鏡花さんの様子を見てると、守ってあげなきゃという気になる
「はいはい、大丈夫ですよー鏡花さん」
優しく言い聞かせながら、背中をとんとんと叩くと、鏡花さんは落ち着き………
ピカアァァァァッッ!!
「ぎゃあああああ!!!」
‥ませんでした
「大丈夫ですって。万が一のことがあっても私が鏡花さんを守りますから」
「………本当に?」
そう尋ねる鏡花さんの顔は不安そうで、しかも大きな目から涙まで流していて、いつもの鏡花さんからは想像できないくらい、とても弱々しかった
「はい、任せてください!」
私が胸を張って答えたのと、
大きな大きな雷が落ちたのは同時だった
ピカアァァァァッッツ!!
ゴロゴロゴロ!!
「ぎゃあああああ!!!」
「うわあぁぁぁぁ!」
今のは絶対近くに落ちたって確信できるくらいの雷に怯え、情けないことに私まで叫び声をあげ、ぎゅーっとしがみついてきた鏡花さんの勢いに押されるまま後ろに倒れてしまった。上からの圧迫感が苦しくて、瞑っていた目を開けると、
「あ、鏡花さん!戻ってますよ!!」
「え?」
子供姿だった鏡花さんが元の姿に戻っていた。きょとんと目を丸くする彼の後ろから、いつ間に現れたのか、白うさぎさんがぴょこんと顔を出している
「良かったですね」
これで問題は無事解決した、、、
否、まだ1つ残っていた
ピカァッ!!
「ぎゃあああああ!!!」
「ちょ、鏡花さん‥苦しい‥…」
いくらか雨も小降りになったけど、まだ雷が空の上でな鳴っている。鏡花さんは私の上で叫び声をあげるけど、ものすごく苦しい。子供姿だったらまだ良いけど、今の鏡花さんは‥重い。それこそ押しつぶされてしまいそう
「あの、せめて起き上がってくれませんか?」
「む、むむむ、無理!」
私の上で必死の形相で首をぶんぶん振った鏡花さんは、はたと何かを思い出したらしく、少し意地悪な顔になった
「絶対離れてなんかやらないからね」
「え、何でですか」
「だって、あんたが守ってくれるんだろ?」
「た、確かにそう言いましたけど!」
「だったらちゃんと役目を果たしなよ」
「うぅ……………」
私が解放されたのは、雷も雨もすっかり止んで、空に星が