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novels by naecha

「明治東亰恋伽」の小説を書いています
初心者ですが、温かい目で見てください

襖をそっと開けると、彼は庭を眺めていた。夏も盛りを過ぎたとは言え、ギラギラと肌を焼くような太陽が、彼の体力を奪ってしまうんじゃないかと不安になる
「起きていて大丈夫なんですか?」
「うん、今日は調子が良いから」
枕元に座ると、こちらに顔を向けていた彼は不思議そうな顔で首を傾げた。白い手に誘われるように顔を寄せると、彼は私の髪を一房掬いくんくんと匂いを嗅いだ
「あの、春草さん?」
「ああ、ごめん。いつもと違う匂いがしたから」
「え、」
「くさいとかじゃないよ。甘くていい匂い」
今度は首もとに顔を寄せてくる。首筋にかかる彼の吐息が少しくすぐったくて身をよじると、彼の悪戯心を刺激したらしく耳にフッと息を吹きかけられた。「ひゃあっ」と悲鳴を上げる私の声を聞いて楽しそうに笑う
「もしかしたら花の匂いかもしれませんね」
「花?」
私が思い描いたのは買い物に行く度に通る道、その道端に咲いているジャスミンのような香りがする白い花。しばらくの間、近寄って観察していたから匂いが移ったのかもしれない。その花のことを話すと春草さんには分かったらしい
「もしかして 定家葛 ていかかずら かな」
「春草さん知ってるんですか」
「前に何度か見たから」
「………………」
返す言葉が見つからず黙っていると「ごめん」と謝られた。春草さんが謝る必要なんて全然ないのに。春草さんの方がずっと辛いはずなのに、私ばかり彼に慰められている
「じゃあ、今度採ってきますね。そしたら春草さんも匂いで楽しめますし」
「駄目。あれには毒があって、触ったらかぶれる。それに、君がこうやって匂いを持って帰ってきてくれたらそれでいい」
そう言って再び顔を埋める彼。今度は首筋をぺろりと舐められた
「ひっ!…………もう、止めてください」
「何で。君が本気で嫌がるようなことはしていないつもりだけど」
「……ズルいです」
そんな言い方されたら、無理に止めることなんてできない
「なら仕返ししてみる?別に俺は構わないけど」
「もっとズルいです」
私が仕返ししたら何倍にもなって返ってくることは、過去の経験から学んだことの1つだ
…それはともかく、最近、こんな風に触れてくる機会が増えたな、と心のどこかでぼんやりと感じながら春草さんの髪を撫でていると、「ねえ」と声をかけられた
「どうしたんですか?」
「定家葛には物語があるんだけど、知ってる?」
「知らないです。どんなお話ですか?」
「恋人の話だよ」










京都を旅していた僧侶が夕立にあい、ある家で雨宿りをした。そこは歌人の「 藤原定家 ふじわらのさだいえ 」が昔建てた家だった
僧侶が休んでいると、どこからか現れた女性が、その僧侶を、 つる の絡んだ「 式子内親王 しょくしないしんのう 」の墓に案内し、こう語った

『藤原定家は式子内親王を慕い続けていたが、内親王は亡くなってしまい、定家が式子内親王を想う執心が葛となって内親王の墓に絡みついてしまった。内親王の霊は葛が墓石に絡んで苦しがっているらしい』

僧侶はそれを聞き、親王の成仏を願って墓の前で経を読んだ
実は、先ほどの女性は式子内親王本人の「霊」で、僧侶が経を読んでくれたことで成仏できて喜んだ
そして、絡みついた「葛」には後年、「定家葛」の名前がつけられた










「……悲しい話ですね」
「悲しい?」
「だって、恋人を想う気持ちが逆に苦しめていただなんて知ったら、定家さんが報われないじゃないですか」
「ふうん、君はそう思うんだ。俺はそうとは思わないけど」
「え?」
「だって、絡みついてたらずっと離れることはないわけだし。内親王は苦しんだかもしれないけれど、死んでからも一緒にいられるんだから、幸せだろ」



その瞬間、私は気づいてしまった。春草さんは既に覚悟を決めているんだと
春草さんが今にも消えてしまいそうで、思わずしがみついた。彼の着物をつかむ手が小さく震えていた
「どうしたの」
彼も気づいているはずなのに、わざと優しい声で尋ねられ、とうとう堪えきれずに流れた涙が彼の着物を濡らした
「春草さん…」








私の手の届かないところにいかないで

私を一人にしないで



「ごめん」
まだ何も言っていないのに、きっと私が言わなくて済むように、先回りをしたのだろう
その優しさが、今はとても痛い

「春草さん…もし、もしもの話なんですけど」
嗚咽が混じっていて、震えていて、みっともない声だと自分でも思った。けれども、私の想いを伝えたいとも思った
「私が、定家さんみたいになったら、春草さんはどう思いますか?」
たとえ『もしも』の話でも、それがいつのことかなんて言わない。言ってしまったら、今すぐ本当のことになりそうで怖かった
「嬉しいよ」
その一言と強く抱きしめられた腕の力が彼の答えだった
「君は図々しいから、俺が嫌がっても離れてはくれないだろうね」
「図々しい、は余計です」
「でも、それでいい。ずっと傍にいてよ」
「私だって、春草さんとずっと一緒にいたいです」
「うん、ありがとう」
お礼の言葉と共に、優しい口づけが落とされる
顔を離した彼は、涙でぐしゃぐしゃになった私の頬を両手で包んだ。目元に浮かんだ涙を指で丁寧に拭いながら笑う
「ひどい顔」
いつかのように冷ややかに、ふんと鼻で笑う彼の仕草に懐かしさが溢れてきて、涙ではなく笑みがこぼれた
「でも、そんな顔も可愛いんですよね」
「っ!」
あの時の春草さんの言葉で言い返せば、彼は顔を赤くした。頬を包む彼の両手から熱が伝わってくる
「あ、あれは、その、……」
珍しく動揺した様子の彼にクスクスと笑ってしまう
「春草さん」
「何」
気恥ずかしさと不機嫌さがない交ぜになった顔でこちらを向く彼に、



「大好きです」
そう言って私から唇を重ねた













いつかその時が来ても

私は永遠に彼のことを想い続けるのだろう





でも今は--

彼の暖かさをしっかりと身体に刻むように

彼の暖かさをしっかりと心に刻むように

私は強く強く彼を抱きしめた