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novels by naecha

「明治東亰恋伽」の小説を書いています
初心者ですが、温かい目で見てください

 長い冬が終わって春が来た
 如月になると次々と花が咲いていく。その様は、モノトーンの景色に1つ1つ色をつけていくようで見ていて明るい気持ちになる





 空に霞んだ月がかかっている暖かい夜。私と撫子は台所に立っておにぎりを作っていた
「撫子、上手だね」
「そうかしら」
 梅干し入りのおにぎりを握る撫子。その綺麗な三角のおにぎりは、私が作る物よりも一回り小さい
「これ、楽しいわ」
 その言葉通り、ウキウキとした表情で海苔を巻いていく
 重箱の中に2人で作ったおにぎりや、卵焼きなどのおかずも入れれば準備は完了
「じゃあ、行こうか」
 風呂敷包みを片手に持ち、空いた手で撫子の手を握る
 2人で初めてのお出かけに楽しそうなのは私だけじゃない
「ええ」
 普段は大人びた様子の撫子も、今日は年相応の女の子の顔だ
 外へ足を一歩踏み出すと、心地よい風が吹いた





「綺麗‥」
 ほぉっと撫子がため息をついた。大きな満月に照らされた桜の木々。満開の花の重みに負けて枝が垂れ下がっているようにも見える
「母様、あそこがいいわ」
 撫子が指さしたのは少し遠くの木。ただ1本だけ、少し小高い丘のようなところに佇んでいる
「すごい‥」
 その木の側に寄った私はそれしか言えなかった
 そよ風に吹かれて花びらが雪のように舞っている。太い木の幹は、花びらが降り積もってピンク色に染まっている
 こうして私たちが見上げている間も、花びらは降り続け私たちの髪や肩の上にやってくる。撫子の真っ黒な髪についたそれらはまるで髪飾りのようだ
 その幻想的な風景に目を奪われていた私だったが、自分の腹の虫の声で我に返った
「あ、ご、ごめん……」
「うふふ……私もお腹が空いたわ」
 お腹を押さえて俯いた私の顔を覗き込んで撫子が笑う
 2人で並んで木の根元に座り風呂敷包みを開けると、出てくるのは先ほど作ったお弁当だ
「「いただきます」」
 焼き鮭を混ぜ込んだ俵型のおにぎりを口に入れる。いつもと同じように作ったはずなのに、味が違うように感じるのは外で食べているからなのだろうか。撫子と2人、ピクニック気分で食べるお弁当はとても美味しかった





「…父様も桜を見ているのかしら」
 お茶を飲んだ撫子が小さく呟いた。その目はひらひらと舞う花びらを追っているようでもあり、ここじゃないどこか遠くを見ているようでもある
「見てるよ」
 迷いもなくきっぱりと言い切った私に、撫子が驚いたように振り向く
「春草さんが綺麗な景色を見逃すはずがないもの。きっと夢中になって絵を描いているんじゃないかな」
 これほど綺麗な景色なら、もしかしたら画家モードのスイッチが入っているかもしれない。桜を口説きながら絵を描く彼の姿が目に浮かんで、思わず笑いをこぼす私を撫子がじっと見つめていた
「撫子?」
「母様、変わったわね」
「え?」
「ちゃんと笑ってる。前は…笑っているのに泣いているような顔をしてたから」
 口元に手を当ててみるけど、自分ではよく分からない。でも、私のことをずっと見ていた撫子が言うならそうなのだろう
 もし、撫子の言うとおり私が変わったのなら、ちゃんと笑えるようになれたのなら、それはきっと__
「撫子が私の傍にいてくれるからかもしれないね
 最近、春草さんが撫子を連れてきてくれたような気がするの。私が寂しくないようにって。実際、撫子といるととても楽しい……撫子?どうしたの?」
 撫子は何か重いものを抱え込んでいるような暗い顔をしていた
「…………」
「え?」
 声に出してはいなかったけど、口の動きは『違うの』と言っているように見えた
 聞き返そうとする前にはっと我に返ったらしい撫子はぶんぶんと首を振った
「何でもないわ。気にしないで」
 気にするな、と言われると余計に気になる。撫子は私の不思議そうな視線から逃げるように立ち上がった
「ねえ、この桜の枝って家に持って帰ってもいいのかしら」
「うん、誰かのものって決まってるわけじゃないし、少しなら良いと思うよ」
「じゃあ、持って帰りましょう。そうしたら、しばらくお花見も楽しめるわ」
 どの枝が綺麗だろう、と懸命に目を凝らす撫子の隣に立ち、私も桜を見上げた


「ねえ」
「うん?」
「母様は、今‥……
 いえ、来年もここに来たいわ」
「そうだね。来年も、再来年も…毎年来ようね。桜が満開の暖かい夜に」
 私がそう言うと、撫子もようやく笑ってくれた
「ええ、約束よ」
 にっこりと微笑みあう私たちを包み込むように、花びらは優しく舞い落ちるのだった