撫子と出会ってからも季節は巡り続けた
冬には2人で寄り添いながら1つの布団で眠った
春には桜の下で一緒にお弁当を食べた
夏には笹の葉の下で春草さんとの思い出話に花を咲かせた
秋には春草さんのお誕生日を2人でお祝いした
撫子との交流は変わらない一方、世の中はずいぶんと変わっていった
明治、大正、昭和。世の中がどんどんと変わっていくのをこの目で見た
そして、私も___
「母様、ただいま」
「おかえり、撫子」
庭から入ってきた撫子の容姿は昔から変わらないが、私はすっかりお婆ちゃんになってしまった。もう今じゃ、自力では布団から起きあがることもできない
「お水、飲む?」と尋ねてきた撫子にゆっくりと頷くと、彼女は部屋に明かりを灯してからぱたぱたと台所へ駆けていった。しばらくすると戻ってきた撫子が持っていたお盆には、水差しと湯飲みと、桜の枝が載っていた
「毎日、ありがとう」
水を飲み終えて撫子にお礼を言うと、小さく微笑んでから、お盆の上に載っていた桜の枝を私の目の前に掲げた
「ここに来る途中で、いつもの所に様子を見に行ったら咲いていたのよ」
明るくなった部屋の中で桜の花が儚げに咲いている。枝にはいくらか蕾も付いている。どうやら満開にはもう少し時間がかかるようだ
「見に行けたら、いいのだけど」
私の言葉は、撫子に悲しい顔をさせてしまった
「ごめんね」と謝ると、撫子は悲しい顔をしたまま「いいのよ」と首を横に振った
「じゃあ、明日も持ってくるわ。明日も明後日も、毎日持ってくるわ
お花見ができるくらい、この部屋が桜でいっぱいになったら素敵でしょう?」
撫子の提案に私も心が躍った
「ありがとう。楽しみにしてる」
「約束よ」
そう言って撫子は私の皺だらけの手をとり、小指同士を絡ませた
「そうだね、約束」
小指に少し力を込めると、撫子は嬉しそうに笑った
「じゃあ、また明日来るわね」
私の手を布団の中に戻して撫子は立ち上がった。持ってきた桜の枝は盆の上に置いたまま、私が見えるところにある
明かりを消すと部屋がふっと暗くなった。月明かりしかないこの部屋では撫子の顔はよく見えない
「撫子」
部屋を出ようとする彼女に声をかけると、振り返った気配がした
「また明日」
布団の中から手を出してバイバイ、と振ると暗闇の中、撫子は笑ってくれたような気がした