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novels by naecha

「明治東亰恋伽」の小説を書いています
初心者ですが、温かい目で見てください

約束通り、桜の枝を持ってやって来た私
開けっ放しになっている障子から部屋を覗き込んで息を止めた
「母様?」

最初は休んでいるだけだと思っていた
けれども違うってすぐに分かった

「母様!」
部屋に飛び込んで揺すっても、母様は目を覚ましてくれなくて

「母様!母様!!」
私がどんなに呼びかけても、いつもみたいに返事をしてくれなくて

「いや、嫌よ……………」
私の目から涙がぽたぽたと落ちて、母様の顔を伝っていく

「また明日」って言ってくれたのに

私、ちゃんとお別れも言えてないのに

勝手にいなくならないで

「お願い、母様………目を開けて」
どれくらいの時間、母様を揺すっていたのだろう
けれども、冷たくなった母様が私の声に応えてくれることもなくて
次第に腕から力が抜けていった

喉が枯れるほど泣いた後、初めて母様の顔をちゃんと見た
私の涙の跡が残っているその顔は、とても穏やかだった

「母様……母様は幸せだったの?」

何度か聞こうとして、でもその度に怖くなって聞けなかった

「幸せだったに決まってるじゃないか」

「!!」

後ろを振り向くと、赤い燕尾服の男が立っていた
“あの時”と同じように胡散臭い笑顔をこちらに向けていた

「君が傍にいると、芽衣ちゃんは笑っていられた
 幸せじゃなきゃ、人は心の底から笑えないよ」

「良かった……」

ぽろりと口から出た言葉
それと共にまた涙が溢れてきた

「僕のお願いを聞いてくれてありがとう」






『お願い』

それは、何十年も前のこと__




ただひたすらに走っていた私は細い路地を抜け出したとき、何かにぶつかって転んだ

体を起こそうとしていると、頭上から陽気な声が降ってきた

「やあやあ、大丈夫かい?」

見上げると、赤い燕尾服の男が立っていた。男は感情の読めない笑みを浮かべながら私を見下ろしていた

「いやー、君ってすばしっこいね
 追いつくのが大変だったよ」

その怪しげな様子に、逃げなきゃ、と本能的に思った私は彼から距離をとろうとした

「春草さんと芽衣ちゃんが苦労したことがよく分かるよ」

あの2人の名前を出されてビクッと固まった私に、男は片眼鏡の奥の糸のように細い目を少しだけ開いた

「君に頼みたいことがあるんだ」

「君に、芽衣ちゃんの傍にいてほしい
 彼女は強い子だけれど、でも、今のあの子には傍にいてくれる誰かがいないと駄目だ」

じゃないと心が潰れてしまう、きっとあの子は自分を責めてしまう、とその男は悲しそうに眉を下げた

「傍にいて、話をしてくれる誰かが必要なんだよ
 春草さんとの幸せな思い出を一緒に話してくれる誰かが」

「どうかな?君にとっても悪い話ではないと思うけど」

胡散臭い笑顔を貼り付け、両手を左右に出すその男に、私は頷いてみせた

迷いはなかったわけではない

けれども知ってみたいと思った
あの人が愛した女の人がどんな人なのか
遠くから見るだけじゃなくて近くで話して触れあって、知りたいと思った

「ありがとう。では、人の姿になれるマジックをかけてあげよう
 3、2、1…………………」

パチン、と指を鳴らした男は、私に人の姿になれるだけの力を与えて

闇へと消えていった







「君と芽衣ちゃんを見ていると、僕まで幸せな気分になれた
 誰かが傍にいてくれるっていうのは実にすばらしいことだね」

君に頼んで正解だったよ、と笑う男に私はずっと思っていた質問をぶつけた

「その傍にいてくれる『誰か』はあなたでも良かったんじゃないの?」

その一瞬、男の表情が揺れた
例えるなら、仮面の下に隠していた素顔が現れたみたいだった

「…………僕じゃ駄目なんだよ
 僕じゃ芽衣ちゃんを幸せにできないから」

「何故?」

「…………………………」

困ったような笑みを浮かべる男は言いたくないのか、それとも言えない事情があるのか、口を閉ざしたままだった

私は男から視線をはずすと、花瓶に桜の枝を挿した。2本の枝が寄り添い合って咲く様子は父様と母様みたいだ
立ち上がりそのまま庭に降り立ち去ろうとすると、「どうしたのかな?」と声をかけられた

「何って邪魔者はさっさと退散するべきでしょ」

「どういうことかな??」

分かっているのか、とぼけているのか
判別をつきかねる顔を向ける男の目をまっすぐ見て言った




「あなた、母様の付喪神なんでしょ?
 自分の主に最後のお別れくらいしなさいよ」

今度こそ、男の仮面が完全に外れた
虚を突かれている男の顔には、深い悲しみの色が広がっていた

「それじゃあ、さようなら」

くるりと振り返った私はもう後ろを振り向かなかった









行く宛もなく歩いていた私は見覚えのある通りに出た

そこは、私たち3人が追いかけっこをした道だった

「父様、母様」

上を見上げれば、大きな満月が浮かんでいた

父様と母様は、 どこか遠くの世界で2人一緒にいるのだろうか

「私、幸せだったよ」

父様は私に魂をくれた
母様は私に名前をくれた
 
「父様と母様の子供になれて、とても幸せだった」

もしも私が、この世界から消えることがあったなら
父様と母様の元に行きたい
今度は3人で一緒に暮らしたい

たとえそれが叶わない夢であっても

私は父様と母様のことを忘れない

何十年、何百年経っても、絶対に忘れない

「ありがとう」

私に幸せをくれた2人のことを、私はずっと覚えているから