先に数字を書いておきます。1時間の会話を手で文字起こしすると、タイピングが速い人でもだいたい 4〜6時間かかります。

「1時間分打つ」作業ではないからです。止めて、戻して、聞き取れなかった語を拾って、また再生して、 どこまでやったか見失って、また戻る。打っている時間はそのうちのごく一部です。

いまはこれを手でやる必要はほとんどありません。ただ、機械にやらせたときの失敗の仕方には 決まったパターンがあるので、そこだけ先に知っておくと無駄がありません。

録音の時点でほぼ決まる

文字起こしの精度は、変換するときではなく録音ボタンを押した時点で決まっています。 どんなツールを使っても、悪い録音は直りません。

効くのは2つだけで、この2つが他の要素の合計より大きいです。

マイクを近づける。 テーブルの真ん中に置いたスマホと、話し手から15センチのスマホでは、 出てくる音がまったく別物です。硬い壁の部屋ならなおさらです。

背景音を消す。 エアコン、換気扇、窓の外の交通音、店内のBGM。人間の耳はこれを苦もなく 無視しますが、音声認識はできません。録音中に「気になるな」と思う音は、そのまま脱字になります。

オンライン会議なら、通話の録音より各自の手元で録るほうが結果は良くなります。 圧縮された通話音声より、元のマイク音声のほうが情報が多いからです。

「精度99%」が意味していること

各社が出している精度の数字は、ほぼ例外なく朗読音声での値です。話者は1人、マイクは近い、 訛りは標準的、雑音なし、かぶりなし。その条件では本当にその数字が出ます。

そして次の条件で精度は落ちます。これはどのツールでも同じです。

  • 同時発話。 2人が同時に話す状況がいちばん難しく、インタビューはこれだらけです。 しかも「文字化けする」のではなく「片方の発言が消える」形で出るので、気づきにくい。
  • 学習データに少ない訛り。 話し手の問題ではなく、モデル側の性質です。
  • 専門用語・固有名詞。 薬品名、法律用語、製品名、社内用語。
  • 背景音。 上と同じです。

なので、確認にかける時間は公称精度ではなく録音の状態で見積もってください。

使える文字起こしの条件は2つ

話者ラベル。 質問と回答が区別されていない文字起こしは、実務ではほぼ使えません。 延々と続く一枚の文章になります。

タイムスタンプ。 怪しい行があったとき、頭から聞き直すのではなくその瞬間に飛べるかどうか。 タイムスタンプがないと、確認のコストが文字起こしそのものと変わらなくなります。

私は MP3toText というツールを自分で作って公開しています(自作なので 中立なおすすめではない、という開示です)。ここで挙げた2つ——話者ごとのラベルと全行の タイムスタンプ——を既定で出すようにしてあるのは、まさに次の「確認」の工程を軽くするためです。 書き出しは TXT / SRT / VTT で、タイムスタンプは書き出し後も残ります。

全文を校正しないでください

ここで、せっかく浮いた時間を使い切る人がとても多いです。

実際に使う箇所だけを音声と突き合わせてください。誤りが集まる場所は決まっています—— 人名、数字、専門用語、そして誰かの発言にかぶった部分。

自分用のメモなら校正はゼロで構いません。引用するなら引用箇所だけを一語ずつ確認。 記録として公開するなら全文。この3つは必要な作業量がまったく違うのに、 1で足りる場面で3をやってしまいがちです。

3秒で効く小技

録音の冒頭で、各自に名前を言ってもらってください。

どのツールも返してくるのは Speaker 1 Speaker 2 であって実名ではありません。 冒頭のその一言があるだけで、どちらが誰かを文脈から推理する必要がなくなります。