東京大地震!!埼玉まで歩きました
やっと家に帰ってきました。
日中、都内にいました。
上野周辺に、午前中はいて、午後になり、電車で移動をして、浅草橋駅で、下車しました。
駅を出て数歩歩くと、突然、大きな地震があり、どこにいても、危ない状態でした。
総武線の高架は、古い事や周辺の雑居ビルも古いので、これ以上大きくなったら、死ぬ恐れもあると感じました。
そのうち、立っていられない揺れになりました。
広い通りには、車がたくさん通るし、安全な場所は、まったくない状況です。
そこで、JRの高架の柱で、一番太いものが、近くにあり、周囲がつぶれてきても、ちょっとは、保ってくれるかもしてないと、その柱のそばで、待機しました。
この周辺では、公園があっても、雑居ビルに囲まれた、小さな公園が1か所あるくらいです。
広い安全な公園は、上野公園まで、行く必要があります。
余震は、あるもののしばらく揺れが無くなり、早く、上野公園へ行こうと、秋葉原へまず、向かいました。
古いビルのガラス窓やビルとビルの継ぎ目のモルタルが、剥がれたりしたところがあり、上を注意しながら進みました。
弱い揺れのある中、どうにか秋葉原駅まで来ました。
秋葉原では、万世橋の手前、駅のそばで、信号待ちをしていると、かなり大きな揺れがきました。
ビルの2階の喫茶店の吊り下げられている照明器具が、振り回すように回っています。
そして、10階以上あるビルが左右に、揺れているのがそこらじゅうで見えます。
こんなに、ビルでも動くものなのかと実感させられた瞬間でした。
秋葉原電気街の通りへ出ると、広い道路の歩道側の車線が、非難をして出てきた人が埋めています。
商店やショップなどは、営業を停止して、シャッターを閉めて避難しています。
とにかく、早く、上野まで行くしかない!
JRもすべて止まってしまい、携帯電話が、まったく通じません。
公衆電話ならば、つながるという事で、列をつくっています。
御徒町では、松坂屋があります。
避難誘導されたお客さんや店員が、デパート前に出ていました。
やっと上野公園まで行くと、入り口の所など、非難した人がたくさんいました。
花見でにぎわう公園なので、桜の木がたくさんあります。
今までを見ると、コンクリート魂が倒れてくる事を考えれば、木が倒れてくるなんて、軽いものだと感じてくるほどでした。
公園内を先に先に、進むと、木もない広い空間があり、そこに、しばらくいました。
すると、冷たい風が吹き始め、南の方から、雨雲が迫ってきました。
避難で、建物外に出させている事や雨を防ぐ手段がありません。
JRも、復旧する予定がありません。
体が完全に、冷え切るとどうにもならないので、家のある埼玉方面へ向かって、歩きながら、電車を待つ事しかないと、歩く事にしました。
電車が、復旧しても、これだけの人がいれば、すぐには乗れないのは、確実。
だったら、先へ、先へ、進むべき!
通りを歩いていると、バスは、普通に、動いています。
歩いている限りだと、壊れたものが目に入ることがない位だから、普通なのかもしれません。
だったら、バスに乗りたいと思いますが、行き先がまったく違います。
バスが使えても、川口駅以降と思っていました。
歩道は、歩いて、帰宅する人が、結構います。
王子あたりまで来ると、通勤の帰宅時間になってくることもあり、スーツを着た人など、たくさんの人が連なって歩いています。
自分は、新しいブーツを履いていたので、履きなれていないのとブーツというのもあって、足の裏が、痛くなってきました。
赤羽から、荒川を渡る際は、普段、見る事のない人が、埼玉に向けて歩いています。
荒川を渡って、埼玉に入ると、ここからが長いのを知ってるだけに、ホッとした半面、まだかぁと思わせられる時でした。
川口駅へ行くと、やはりバス移動ができるので、たくさんのバス待ちの人が、並んでいます。
駅は、シャッターが閉まり、終日運休の貼り紙がしてありました。
歩いてもあるいても、体は、温まらない。
トイレのある場所が分かっていないと飲み物は、我慢です。
そんなこんなで、さいたま市まで、歩いて帰ってきました。
今、これを書いている時も、余震があって、何度も揺れています。
家の中は、高い所のものが、落ちたりはありました。
まだ、余震があるので、高い所へは、戻さずに、床に置いています。












