『パプリカ』(日本、2006年)

 

を観た。

セラピーに使用することを目的として、他人と夢を共有できる装置・DCミニが開発された世界。

DCミニの上市を問題視する声も存在し、実用化に至る前段階のなか

開発チームの千葉敦子は、モグリのサイコセラピスト「パプリカ」として精神病患者を治療している。

所属する研究所でDCミニが盗まれ、所長の島が精神病患者の夢を植え付けられるというテロが起こるのだが・・・。

今敏監督作品。

 

※ネタバレを含みます。

 

圧巻の映像体験と魔的な魅力の音楽の融合。

 

10数年来、観たい観たいと思っていてやっと鑑賞。

 

ストーリー

難解なようで直線的にストーリーは進むので、観ていて混乱することはない。

端的にいうと、DCミニによるテロをパプリカ=千葉敦子が阻止しようとする話。

 

他人の夢に入り込むことができるといえば、『インセプション』を思い浮かべるけど、

この『パプリカ』のほうが先に公開されているんだよね。

パプリカ=千葉敦子の話がメインで、サブストーリーとして

パプリカの患者である刑事の粉川の悪夢の原因特定と問題解消が同時に進行している。

 

表面的には恋愛要素はないようで、もっと根源的で複雑な性の匂いを随所に感じる作品。

氷室も小山内も歪んだ形でしか愛を表出することができない。

氷室は時田を望みながら才能に嫉妬し、

小山内は自分を愛さないことが明確な敦子を彼女の意思は関係なく手に入れようとする。

彼ら二人の愛は、健全な憧れや信頼関係や友情の発展形ではなく、性欲由来のどろどろとした執着で

悪夢が見せる世界と同様に暴走している。

 

あからさまな性描写がないけど、小山内がパプリカの股間に手を当てて

パプリカの鎧から敦子を取り出すシーンは独特のフェティッシュな光景でぎょっとするよね。

パプリカの中身は敦子というのは、他のシーンとやや矛盾する気がするけどこのシーンのインパクトったらない。

 

粉川は、一連のテロにかかわる内に悪夢の正体を突き止め、しこりを解消していくし

その流れは初っ端からだいたい想像できるので安心して観ていられる。

 

千葉敦子=パプリカ、千葉敦子≠パプリカ、千葉敦子≒パプリカ

 

この作品の面白いところは、千葉敦子とパプリカの関係性。

敦子は敦子の意思でパプリカとして患者と向き合っており、パプリカとして経験した記憶も維持している。

 

ただ、現実の世界でもパプリカと敦子は同時にそれぞれが存在し、

お互いの個性や性格が違う。

パプリカは夢の世界における敦子のアバターではなく、パプリカ自身が意思をもつというのが面白い。

「分身」と作中で呼んでいるのがしっくりくる。

分かれた片身なので、本体(敦子)と完全に同じ存在ではない。

 

「分身なんだから言うことを聞きなさい!」という敦子に、

「あなたがわたしの分身だと考えることもできるじゃない?他人も自分も思い通りにコントロールできると思わないで!」というパプリカの返答が最高にクール。

自分くらいはコントロールできると思いたいよね~。

 

パプリカ(敦子)の声は林原めぐみさん以外考えられないくらい素敵で、

この声じゃないと世界観を守れないんじゃないかって思ってしまう。

神秘的で麗しい声。

冒頭はパプリカが登場し、その後でパプリカとまったく違う風貌の敦子が登場するけど声が一緒だから二人が同一人物であることはすぐ分かっちゃうよね。でも、それで良い。

唯一無二の声。

 

 

圧巻の映像・演出

 

悪夢のパレードのシーンは、脈絡なく家電やら生き物が群集してどこかへ進んでいるけれど、

画面はごちゃごちゃしているのに洗練されていて圧巻。

 

悪夢を植え付けられた人々がはなつ、

理路整然とした口調で語る支離滅裂な文章は、ほかの作品でもみたことがない。

この台詞も作品の魅力のひとつ。

名詞や動詞や形容詞など文章の構成は完璧なのに、まったく意味が通らないし暗喩でもないでたらめな文章。

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(ところどころ割愛)

総天然色の青春グラフィティや一億総プチブルを私が許さないことぐらい オセアニアじゃあ常識なんだよ

思い知るがいい 三角定規たちの肝臓を!

さあこのパレードこそ内なる小学三年生が決めた遥かなる望遠カメラ

進め 集まれ 私こそがお代官様

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あれ?でも、台詞を書き出してみるとパレードを構成する要素の説明になってるね。

私が許さないことがオセアニアの常識ってのがしっちゃかめっちゃかですがね。

 

脈絡なくいきなり高らかに謎文章の演説が始まるんだけど、テンポは良いので妙に癖になる。

 

 

魔的な魅力の音楽

 

なんといっても、平沢進の『パレード』が懐かしいようで斬新でこの世の音楽を煮つめて濾過したような魔的な魅力がある。

荘厳で重層的なのにミニマルで、世界のどこにでもあり、ここにしかないような音楽。

 

とにかく印象的で、この音楽を聴いていると夢幻の没入感があるし

『パプリカ』の世界を一段と格別の作品に押し上げている気がする。

 

 

ラスト

 

敦子の結婚という予想外の結末で作品は幕を閉じ、この唐突さにあっけが取られるのが良い。

敦子は時田のことが好きだと自覚したんだろうけど、

小学三年生の無邪気さのままの天才・時田は、大人の女性の敦子を愛せるんだろうか。

 

敦子と時田は信頼関係や相互的な好意はあるけど、時田は敦子の愛を受け入れるの?

この作品では、氷室にしても小山内にしても一方的な愛情を描いていて、

敦子の愛情もまた、一方的にしか見えないんだよね。

時田が好きと自覚した!=結婚!がすぐに帰結するから

時田の意思は?時田との恋愛に至る関係構築は?と思ってしまうんだよなぁ。

 

 

 

アート系の上質なアニメ映画のまぎれもない傑作。