ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典39(28人目)

 

~カルガーノフ~

 カルガーノフ

 ミウーソフの遠縁。大学入試の準備中の二十歳くらいのハンサム青年。この世に絶望し、夢の中に生きる貴公子。信仰の力とカラマーゾフの力を持たないアリョーシャ。放心状態で考え込むことがある。庵室での会合に、ミウーソフが連れて来た。アリョーシャとも友だち。修道院へは生まれて初めて来た。修道院の前で乞食に囲まれたとき、フョードル・イワン・ミウーソフは施しをしなかったが、カルガーノフだけ、「ひどく慌てて、どぎまぎした様子で」、十コペイカを女の子に渡している。【⇒第2編:場違いな会合1 修道院にやってきた】

 

 1日目11時半

 庵室では、どぎまぎしてお辞儀すらままならなかった。【⇒第2編:場違いな会合2 老いぼれ道化】

 フョードルが、ミウーソフやドミートリーを侮辱しているのを聞き、ずっと押し黙っていたカルガーノフは、「恥ずかしい! 恥ずべきことだ!」と顔を真っ赤にして叫んだ。【⇒第2編:場違いな会合6 どうしてこんな男が生きているんだ!】

 

 3日目23時

 カルガーノフ:「うわっ、すごい握手だ! 指が折れちゃう!」

 モークロエでグルーシェニカと一緒にカードをしていた四人の男の一人。ドミートリーが隣室からのぞいたとき、グルーシェニカはカルガーノフの手を取ったまま笑っていた。カルガーノフは、マクシーモフに大声で話しかけていた。【⇒第8編:ミーチャ6 おれさまのお通りだ!】

 いきなりドミートリーが部屋に入って来たので、「さあ、ここにおすわりください。よくいらっしゃいました」と迎える。ドミートリーの握手に応じたカルガーノフだったが、「うわっ、すごい握手だ! 指が折れちゃう!」と笑い出した。その後、シャンパンの瓶をつかんだまま途方に暮れていたドミートリーにかわって、酒を注ぎ分けている。自分の出現で、一同が沈黙していることに気づいて驚くドミートリーの心中を察し、「じつはこの人、嘘をついてばかりいるもんですから、それでぼくたちずっと笑いっぱなしだったんですよ」と、マクシーモフを指さして急に話し始めた。「じつを言いますと、ぼくはもう四日間も、この人を連れまわっているんです」「覚えておいででしょう。あなたの弟さんに馬車から突き飛ばされて以来なんですよ」と紹介した。

 カルガーノフ:「この人が嘘をつくのは、もっぱらみんなを喜ばせるためなんです」

 マクシーモフの話を聞いていたカルガーノフは、「それがまるで一大事であるみたいな口ぶりで、またもや熱くなって話し出した」。マクシーモフが、足の悪い人と結婚した話をしたときには、「急に子どものような声で笑いだし、ソファに倒れそうになった」。そして、マクシーモフの二度目の結婚の話を聞くと、「いいですか、いいですか!」とひどく夢中になり、「この人が嘘をつくのは、もっぱらみんなを喜ばせるためなんです」「ですから、ぼくはこの人がときどき好きになるんです」と言う。さらに、ゴーゴリの『死せる魂』に登場するマクシーモフは自分だと言い張る件についても、カルガーノフは「まじめに熱くなっていた」。

 

 カルガーノフ:「もうやめましょう!」

 その後、乾杯をめぐって、喧嘩が始まりそうになると、「ああ、ほんとうに、どうしようもなくつまんない」と、ものうげに言った。そして、カードが始まると、「いや、ぼくはもうやりません」「さっき、この人たちに五十ルーブル負けちゃいましたし」と言う。そして、有限銀行ゲームで、百万ルーブルを勝ち取ったポドヴィソツキーの話を小さいポーランド人(まぎれもない昔の男)がすると、「そんなの嘘っぱちさ」と言った。そして、倍賭けでドミートリーが負け続けるので、「もうやめましょう!」と甲高いこえで叫び、「これ以上、勝負はできません」「唾でもひっかけて、お帰りください、そういうわけです。これ以上は勝負させません!」と叫んだ。

 宿の主人トリフォーンが、ポーランド人二人のいかさまを暴くと、カルガーノフも「ぼくもこの目で見ていたんです、こっちの人が、二度もいかさまをやるのを」と叫んだ。ボディーガードのヴルブレフスキーがドミートリーに連れ出され、トリフォーンが、「ドミートリーの旦那、やつらから金を取り戻したらどうです」と声を張り上げた。カルガーノフは、「さっきの五十ルーブル、ぼくは返してもらうつもりはありません」と口をはさみ、ドミートリーも「おれもだ、さっきの二百、いるもんか!」と叫んだ。グルーシェニカも、「それがいいわ、ミーチャ! 立派よ、ミーチャ!」と叫んだ。小柄なポーランド人が退場し、ドミートリーはドアをバタンと閉めた。カルガーノフは、鍵をかけて閉じ込めてしまいましょうと言った(すると、向こうから鍵のかかる音がして、彼らは自分から閉じこもった)。グルーシェニカは、「それでいいのよ! そうなる運命だったんだから!」と叫んだ。【⇒第8編:ミーチャ7 まぎれもない昔の男】

 

 カルガーノフ:「だれがこんな歌こしらえたんだ」

 最初は酒に手を出さず、女たちのコーラスも気にいらない様子だったが、シャンパンを二杯飲み干すと、おそろしくはしゃぎだし、部屋中を歩き回っては笑ったり、歌や音楽もふくめてあらゆるもの、あらゆる人をほめちぎったりした。マクシーモフは、カルガーノフの片時もそばをはなれなかった。その後、急に気がふさいでしまった。娘たちの踊りがあまりに下品なものになったからだった。カルガーノフは、「無知蒙昧そのものなんだよ、なんとも困った国民性さ」と言ってその場を離れ、「だれがこんな歌こしらえたんだ」「懐メロもいいところさ」と怒り心頭に発して叫んだ。そして、「つきあいきれなくなって」寝てしまったのだった。

 グルーシェニカがかがみこんでキスをすると、一瞬目を開けて彼女の方を見て、ひどく不安げな面持ちでマクシーモフのことをたずねた。グルーシェニカは笑って、「ミーチャ(ドミートリー)、マクシーモフを呼んできてあげて」。マクシーモフが踊っているというので、「いやぼくも見に行きます」と元気になったが、その踊りはまったく気に入らなかった。

 ドミートリーが、扉の向こうのポーランド人に「ちんけな悪党!」と悪態をついたので、カルガーノフは、「ポーランドのことをこけにするのは、やめておいたほうがいいです」と説教し始める。「子どもは黙ってろ! おれが悪党よばわりしたからって、別にポーランドぜんぶを悪党と言ってるわけじゃない。いい子はだまってボンボンでもしゃぶってろ」と言われた。グルーシェニカが「ミーチャ、向こうに連れてって…」とベッドの方へ下がると、カルガーノフは、「さて、ぼくもそろそろ引き上げるか」と思った。そして、しばらくして、警察署長らがどやどやと宿屋に乗り込んできたとき、彼らと一緒に二人がいる部屋に入った。【⇒第8編:ミーチャ8 うわ言】

 

 カルガーノフ:「生きる値打ちなんてあるもんか、あるもんか!」

 予備判事ネリュードフに頼まれ、ドミートリーに替えの洋服を貸す。向こうの部屋では、ドミートリーは「他人の服なんか着ないぞ!」といきりたっていたそうで、「カルガーノフの畜生、あいつの服も、あいつも、悪魔に食われるがいいんだ!」と言われていた(笑)。【⇒第9編:予審3:第三の受難】

 尋問の間中、マカーロフと一緒に出たり入ったりしている。【⇒第9編:予審7:ミーチャの大きな秘密、一笑に付された】

 予審の証人尋問では、いかにも気乗りしない様子で顔をくもらせ、傍若無人な感じで入って来た。検事や予備判事とは毎日顔を合わせる古い友人だったが、まるで他人のような口調で言葉をかわした。「そのことは何も知りませんし、知りたくもありません」と話を切り出し、六千ルーブルのことは話では聞いているが、実際にどれだけの額をドミートリーが握っていたのかは、わからないと証言した。また、ポーランド人のいかさまについては、その通りだと認め、ポーランド人がいなくなったあと、ドミートリーとグルーシェニカの関係が好転し、グルーシェニカがミーチャを愛していると言ったと説明した。イッポリートは、カルガーノフに長いこと尋問を重ね、二人のロマンスの内容を、微に入り細に入り聞き出した。尋問が終わると、カルガーノフは、怒りをあらわにして部屋を出て行った。【⇒第9編:予審8 証人尋問、餓鬼】

 護送されるドミートリーの前に、どこからともなく飛び出して来て、「さようなら、ドミートリーさん、さようなら!」と、手を差し伸べた。ドミートリーは、かろうじて握手して、「君はほんとうに優しい男だった、きみの広い心、忘れないからね!」と叫んだ。馬車が動き出して、二人の手は切り離された。カルガーノフは玄関に駆け込み、頭をたれ、両手で顔をおおって泣き出した。幼い少年のようだった。彼は、ドミートリーの有罪を完全といってよいほど信じ切っていた。

 

――「いったいこの、人間ってのは何なんだ、こうなると、人間をどう考えればいいんだ!」

 ほとんど絶望に近い、苦い憂鬱にひたりながら、彼は脈絡もなく口走った。

 この瞬間、彼は、この世に、生きていたくないとさえ思った。

「生きる値打ちなんてあるもんか、あるもんか!」

 悲しみに暮れたまま、青年は叫んだ。

【⇒第9編:予審9 ミーチャ、護送される】

 

 カルガーノフが結婚することになったそうだとリーズは言った。