トルストイ『戦争と平和』登場人物メモ49(380人目)

 

 ☆☆・ベルグ(1-1-8)

 

 

 セミョーン連隊の将校。自己愛の権化。ヴェーラの恋人。素性も名前も年齢も地位もあいまいなリーフラントの士族の息子。アドルフ・フォン・ベルグ、あるいは、アルフォンス・フォン・ベルグ(作者の設定がブレている)。シンシンは、アリフォンス・カルルィチと呼んでいるが、これはシューベルト大佐のカルルィチと混同したものか、ベルグの名前なのか、明らかではない。ボリスとセットで出世していく(ボリスはコネ・ベルグは自己宣伝)が、つまらない男に成り下がり、物語から消えた。

冒頭

 

ロストフ家で

 ボリスを近衛連隊に連れていくために、ロストフ家の晩餐会にやって来た。近衛連隊に移ったことのメリット(給料が高い・上のポストが空く可能性が高い)を、「青年らしいエゴイズムの無邪気さ」で語るので、あのシンシン伯父もふくめ、みんな毒気を抜かれてしまった。

 

 

アウステルリッツで

 中隊長。上官の信頼を得ている。ボリスも、「とてもとても立派な、誠実な、気持ちのいい人物」だと言っている。アウステルリッツでは、「前線にとどまったんだよ。軍刀を左手に持ち替えてね。なにせわがフォン・ベルグの家系はね、伯爵、勇士ばかりだったから」と、伝令として通りかかったニコライに言った。ニコライには、いつも話を最後まで聞いてもらえず、小ばかにされている。戦後、右手に傷を負ってもひるまず、軍刀を左手に持ち替えて前進したことが、話のタネとなった(自分で積極的にアピールして回った)。

 

 

ヴェーラと結婚

 2年後、ヴェーラにプロポーズして受け入れられた。「わかっただろう、すべて僕の計算通りだ」と友人に言っている。彼は、自分の功績をだれかれかまわず、根気よく、もったいをつけて語るので、人より多くの褒章を得た。

 1809年には、近衛大尉として、何やら特別に割のよいポストについている。ベルグの個性の一番の特徴が、「まさにこのような無邪気なで悪意のない自己中心性」である。自分と同じ自己中心性をもつナターシャのことは嫌い。伯爵(破産しかけ)が持参金の問題を決断しないので、「ヴェーラさんの持参金としていかほどのものがいただけるかお教えいただきたい」とおうかがいを立てた。もしも持参金の内容を確実にうかがえず、前金として一部をもらえないなら、自分としてはこのお話はなかったことにせざるを得ないと説いて、8万ルーブリの手形を手に入れた。そして、すぐさま現金2万をくれと言った。

 

 

平凡で幸せな家庭

 1810年、アレクサンドル帝のヘアスタイルをまねている。最初の夜会を開くのでピエールを誘った。「ベルグは自分の人生を年で数えるのではなく、皇帝からもらった勲章の数で数えていた」。また、ベルグは、「か弱き女性に対する自らの優越を意識」している一方、ヴェーラも、「夫に対する自分の優越を意識して」おり、「男はみんな自分だけが理性を持っているとうぬぼれながら、実際には何一つわかっていない、傲慢なエゴイストだと思っていた」。

 ピエールが、自分の家で開く最初の夜会に来てくれたのを、「これこそまさに、交際術のたまものさ」「処世の腕がこんなところに出るんだ!」と、自画自賛していた。ベルグ家の夜会は、「どこの夜会ともそっくりなものとなってきた」「何もかもが完全に他の家とそっくりだったのである」。こうして、自己中心の塊である男が、典型的な社交人となったということは、裏を返せば、社交人は、すべて彼のような自己中心性を持っていたということでもある。

 

傲慢な佐官に

 1812年、大佐にも昇進し、第二軍司令部第一課参謀次長という安全で楽しい地位を占めていた。8月5日のスモーレンスク放棄の際には、「貴官が連隊長か?」とドイツなまりのアクセントでアンドレイに向かって叫び、「目のまえで家に火が放たれているのに、貴官は黙ってみているのか! これはどういうことか? 責任をとってもらいますぞ」と言った。アンドレイはちらりとベルグを見たが、返事をしなかった。アンドレイであることに気づいたベルグは、「命令を実行しなければならぬからで、わたしは常に正確な実行を旨としているものですから」と弁解するように言う。アンドレイは、気まずそうに黙っているベルグには一言も答えず、走り去った。

 

性格は変わらない

 モスクワが放棄直前の9月1日に、軍を離れてモスクワにきて、ロストフ伯爵相手に自分語りを続ける。最後の演説もまた、だれかの真似をしているだけだった(胸をたたくタイミングを間違えてしまった)。ナターシャは、そんなベルグをじっと凝視していた。

 そして、ベルグは本題を切り出し、かねてからヴェーラが欲しがっていた「整理ダンスと化粧台」を顔見知りの家で見つけたので、プレゼントしたいと言う。タンスを運ぶための百姓を貸してほしいのだそうだ。なぜ顔見知りの家でそんなものが見つかるのかと言うと、みんなモスクワ退去で色めき立っているからだ。ロストフ家で、つい先ほどまで問題になっていたのも、まさにそのこと(負傷兵たちを置いていくか、家財を持っていくか)だったのだが、ロストフ家は、家財よりも負傷兵を選んだ。しかし、ベルグの目には、モスクワの混乱は目に入らず、ただタンスあるのみだ。

 こういう面の皮の厚さと抜け目なさが、洋の東西を問わず、世間的な成功には不可欠である。「ああ、どいつもこいつも、どこへなと行ってくれ、さっさと、消えてしまえ!」とロストフ伯爵は言い捨てて部屋を出ていった。勢いよく大人の世界に飛び出したベルグは、小人物となり果てて物語から退場した。