きっと誰もがこいつツイッターで振り返るって書いてたけどどうせ忘れてんだろうなと思っているであろう午前3時27分。
ワンマンまでの最後のスタジオ練習が終わって帰って参りました。
さてさて、振り返ってみようという事で今日は最初の頃を振り返ってみよう。
先に言っておく。
くそ長いからな!!
時間がある時や暇を持て余した時にでも読んでおくれ。
長すぎて添削作業めんどくさい諦めたから文章におかしい所があってもみんなの賢い頭で補正しながら読んでやってくれ。
まず最初になぜ俺が音楽を始めたかという所は長くなるので割愛させていただきたく候。
元々ひょんな事がきっかけで音楽をはじめ、20代前半辺りからアコースティックギターを弾く相棒と一緒に週に何度か路上で演奏してました。
もちろん僕はギター弾きません。いや、弾けません。弾く気すらありません。
そうこうしてる内にいつのころからかバンドをやってみたいと思うようになり、広島の中心部にある某楽器ショップにちょくちょく顔を出してはメンバー募集の張り紙を眺めていました。
何度も見に行って何度もためらって帰って。勇気がなかなか出ない中、一つだけどうしても気になる張り紙を見つけました。
その張り紙の「こんなバンドにしたい!」的な欄には当時僕が好きだったバンドがそのまま全て載っていたのです。
これはさすがにもう運命だと。ここまで一致することがあろうかと。
めっちゃドキドキしながら楽器屋の店員さんに「あ、あの張り紙の…バンド募集を…」みたいな感じでかなりおどおどしながら聞いた気がします。
懐かしいなぁ。
連絡先をもらってすぐに電話をかけた所、とても丁寧な男性が電話に出ました。
そう、彼が初代リーダーの俊さんです。この人めちゃくちゃ面白いんですよ。何度呼吸困難になりながら笑ったことか。
俺の今のマインドとか立ち居振る舞いはこの人と、後にサポートメンバーになるじろーさんって人の二人が元になって成り立っています。
今でも本当に大好きで尊敬している二人です。
その初代リーダーと残りのメンバーと会う事が決まって、初めて会ったのはファミリーレストランでした。
めちゃくちゃ緊張しながら中に入るとそれらしき男性が3名。怖い人達だったらどうしようとか、性格が全然合わなかったらどうしようとか正直バンドに入るのもこの期に及んで迷っていました。
そしてお互いがその人物だと認識して、はじめましての挨拶をしようと思った次の瞬間にはリーダーが店内で土下座してました。
ありがとうございます!って。たぶんその人の性格上先に面白いことをして場を和ませようとしてくれたんだと思います。
それを知らない俺は、やべぇとこにきてしもうたの。って思いながら一緒に土下座してました。
でも散々ビビッて来たのが拍子抜けで、この人たちのバンドなら入りたいなってのも同時に思ってました。
その日は軽い自己紹介とどんなバンドにしたいかって話で終わったのかな?緊張してたからあんま覚えてないわ。笑
後日ベースのフジモン君とドライブしながら曲を聴かせてもらって、バンドかっこいー!!ってなって。もう興奮しましたねー。
当時出来上がっていた曲は2曲。「スロウダンス」って曲と「スチュアート」って曲でした。
ただ、曲を流してもらってからどう聴いてもいつまで経ってもメロが始まらない。
ん・・・?メロは・・・どうしたんですか?と聞いた所、まだ無いからつけてくれと。
いやぁ時間止まりましたねぇ。路上時代にメロ作っていたとはいえ、バンドの事ほぼなんも知らんのに俺がメロ作るんかいや勘弁してくれーやと。
でもそこはさすがの橋本。なぜかメロディつけることが出来たんですねぇ。
自慢じゃないですが小学校、中学共に音楽なんてこれっぽっちも興味なかったスポーツ少年だったので音楽の授業で習った事など1mmも覚えてません。高校は音楽好きな友達が周りにいたためそこそこ興味関心はありましたが、専ら聴く側の人間でして。どの楽器がどの音出してるかとかどうでも良かったし、そもそもなんの楽器がおるんかギターぐらいしかよく知りませんでした。
なのでコード進行はおろかそれっぽい譜面も五線譜も未だにただの暗号にしか見えてません。この時点でもはや現在進行形で失格です。
でもそこはさすがの橋本。なぜかメロディをつけることが出来たんですねぇ。大事なことなので2回言いました。
そしてスタジオで初めての練習。皆さんがバンドを始めたとしてオリジナルソングを歌う時一番最初にとまどう事ってなんだと思いますか?
音程が合ってるかどうか?リズムが正確かどうか?歌詞ってなんだったっけ?
残念、全て違います
正解は、イントロが始まって少しして思う事。
…いや、これどっから歌い始めればええん?
これです。
初めてのスタジオ練習で緊張もあり、何がどこを弾いてるのかマジでわからんのですわ。
この人たちはなんの曲をやりよんじゃろうかと。
同じ事をピコピコ弾きよってじゃが俺の出番はどこですか?合図を下さい。もう帰りたいです。という心境になってくるわけですよ。
なので数年間はスタジオ練習嫌いでしたね。マジで行きたくなかった。毎回胃が痛かった。
それでもなんとか曲を増やしていざライブですよ。
初めてのライブは広島にあるナミキジャンクションというライブハウスでした。今はセカンドクラッチって名前になってますね。
来年の2月に復活ライブするのもこのライブハウスです。
本当にお世話になったハコで大好きな場所です。
そして初めてのライブ当日、本番前のリハーサルを行っていた時のこと。
緊張しいの俺はそりゃもう最高潮に緊張しており、歌どころじゃなかったんですがここは一つナメられてはいけないと思い、音響さんに一つ注文をつけました。なぜここで粋がったのかマジで謎ですが。
橋本BOY「すみません、ボーカルの返しの音上げてもらってもいいですか?」
そらもうドヤ顔っすわ。
ボーカルが言える事それしか知らなかったからね。
ここぞとばかりに自信満々で全力投球っすわ。
音響さん「いや、自分の声小さすぎるけんそれ以上上げれんわぁ。もっと大きい声でちゃんと歌ってくれんかね?」
橋本BOY「ふぁい…。」
これにはさすがの橋本BOYもライブハウスという場所が大嫌いになりますよね。
マジでライブ嫌いでした。スタジオ練習以上に嫌いでした。
ちなみにこの音響さんは後にこっちが何も言わなくても俺がやりやすいって思う素敵な音を作ってくれて、全幅の信頼をもってライブに挑める仲になりました。
何言ってんだコイツって思われるかもですが、元々人前で歌う事が大嫌いだったのでこのダメージはデカかった。
もう必死で声量上げたよ。笑
親の仇のように毎日声量を上げる事だけを目標に色々試した。
そしたら気付けば声量はだいぶ上がってた。
何度目かのライブでその音響さんに声量上がったねって言われた時の達成感たるや・・・!
嬉しかったなぁ。
そんなこんなで嫌々ライブをしながら(当時観てくれた方々ほんとすみません)なんとかくらいついていたのですが、いかんせんバンド事情がどんなもんなのか全く知らず、いわゆる運営だったり作戦だったり内部的な事に対して知らん顔で我関せずだったわけですよ。
何していいかわからんかったし。そんなもんは言い訳でしかないんだけど、当時は積極的に知ろうとするでもなく残りの3人に運営面での負担丸投げでした。
きっとそれが良くなかったんだと後に気付くわけですが、そこからメンバーチェンジに次ぐメンバーチェンジを繰り返す群雄割拠の時代に移り変わっていくのです…。
いや、ここまでちゃんと読むとかお疲れ様です。
むっちゃ時間かかったでしょ?書き始めて2時間経ってるわ。
でも読んでくれて本当にありがとう。
まだ今のメンバーは俺しか出てないけどあと2回の更新でホンマに現在に追いつくんかこれ。
さぁ、次回は橋本覚醒編です。
また見ておくれ。おやすみ。
