今日は私の誕生日です。
接種2日目の今日も38℃を越えましたが、
腕の痛みとだるさはほとんどないので昨日よりは楽。
私のベビーブックに名前の由来を父が書いてあります。
「典籍に親しむ子で、しかも典雅な子であるようにと祈って」
小さい頃から本の虫ではありましたが、
「典雅」とは程遠いですね。

母にいつもべったりで「ひっつき虫」と呼ばれていました。
母と離れるのが嫌で職員旅行にまでついていきましたから。
母に対してだけですがキス魔でしたね。
甘えん坊で泣き虫で怖がりな部分は今もあります。
私の性質をよく表している写真だと思います。
写真のキャプションによると、
兄に髪をざん切りにされた上に、
歯痛と発熱でさんざんだったみたいです。
怯えた小猿っぽいですよね。
それにしても兄は悪そうな表情してますね~(笑)。
母の実家で撮った写真かな。
この年齢で今は持病もなく仕事ができ、
買い物で重いものを両手に持っても苦にならず、
身の回りのことを自分でできるし、
温かいお風呂に入ることもできる。
本当に幸せなことだと思います。
9月9日は重陽の節句。
とてもおめでたい日だそうです。
「あなたはとても素晴らしい日に生まれたのよ」
という母に、
父のDVという悲惨な家庭環境で全然幸せじゃなかった私は、
「どこが!? 幸せどころか苦しみが9倍じゃない!」
とよく泣いて反発したものでした。
私には9が「苦」にしか思えなかったのです。
以前の私は母を守りたい一心でしたし、
母が亡くなった後もしばらくは、
「来世でも母を助けられますように」と祈ってきました。
でも最近その祈り方は間違っていることに気づいたんです。
違うんじゃないかな~って。
本当に願うのはまた苦しむ母を守ることではなく、
あんな風に苦しむ人生に母が再び生まれないことでは?
母が私が守らなくても良い幸せな環境に生まれてくれること、
私が助けなくても大丈夫な人生であることが、
本当の母の幸せですよね。
そして今世では状況が許さず十分にできなかった、
私自身の人生をちゃんと子供時代から生きるということを、
来世には叶えたいと思います。
私も母も父のDVをとりあえずしのぐことで精一杯で、
自分の人生と向き合い生きる余裕がありませんでした。
若い頃よくこう思っていました。
「どうしてあんなに苦労したのに、
私は人間性が育ってないんだろう?」
苦労した割りに人間性があまり育たなかったのは、
自分の人生を生きる余裕なんかなかったからかもしれません。
父を怒らせないために自分の心をへし折って機嫌をとったり、
その場しのぎや誤魔化すことばかりに長けて、
「本物」を学び身につけることが出来ませんでした。
DVという行為そのものはもちろんですが、
それと同じくらい悲劇的なのは、
上記のような理由から、
自らの健全な心を育む機会が奪われてしまうことです。
もちろん今世はまだ終わっていないので挽回中ですし、
今世の残りを楽しく生きています。
やりたいことも色々ありますし楽しみです。
写真や文章、多肉栽培、城めぐりとか…。
ヴァイオリンに関しては、
今世ではカイザーの3巻までを完璧にするのが目標。
あとは来世で頑張ります。
基礎も出来てないのに先に進んで弾けてる気になるのではなく、
ちゃんと基礎を固めたいんです。
そしたら来世では少しうまくなれるでしょう。
コロナで一年9ヶ月レッスンも受けていませんが、
またいつか再開出来たら良いなと思っています。
