秋田の高校の同級生、マチャボ社長が雪の写メを送ってくれました。
どうもありがとう![]()
何でも今年一番の大雪だったそうです![]()
物ごころついた頃からずっと、
雪寄せや屋根に上っての雪下ろしが高校卒業まで続きました。
腕力や背筋力、足腰の強さは雪国の生活で自然に備わったかな。
大学進学後や社会人になってからも、
定期的に実家の雪寄せに帰省していました。
私は何時間ぶっ通しで雪寄せしても平気だったのですが、
そんな私を母がよく家の中から心配そうに見ていました。
懇願するように「ノリコ、休んで」と10分おきくらいに声をかけてくるんです
「そんなに一々休んでたらはかどらないよ~。
母さんはゆっくりテレビ見ててよ」
そう言っても母は相変わらず心配そうに私を目で追うのでした。
心臓の悪かった母は力仕事はもちろん出来ず、
歩くのもゆっくりしか出来ませんでした。
だから、母とよく武家屋敷を歩く時には、
ゆっくりとゆっくりと母の歩調に合わせて歩いたものです。
母のペースに合わせるのは、全く苦にならなかったです。
ゆっくりと噛みしめるように母に寄りそって歩くのは、
むしろどこかとても楽しい事でした![]()
疲れると伝承館の休憩スペースで休むんですが、
その時の写真が一枚ありました。
そう言えば昨年ミドリさんと秋田に行った時も、
ちょうどこの場所で少し休憩をとったのを思い出します。
母もミドリさんのファンだったので、
ミドリさんが秋田に来てくれたのを喜んでいたと思います![]()
まるで男の子みたいだった私のことを嘆きながらも、
一方ではある意味男以上に力仕事をこなし、
考え方も男らしかった私を、
母はどこか頼もしくも思っていたようです。
私が普通の女の子だったら、
とても母を守ることは出来なかったでしょう。
だから、私が男っぽい事はそれで良かったし、
必要だったんだと思っています。
それに、私はこのままの自分が好きです![]()
最近、母の事で色々分かって来た事があります。
理解できなかった母の生前の言動の理由がやっと分かったり・・・。
どんなに生きづらかったり戸惑ったりしていたのかなと、
母への想いを新たにしているこの頃です。
生きている時にもし気づいていたら、
もっと行き違わずに分かってあげられたのかもしれません。
そんな母が亡くなってから、来月の15日でもう7年になります。
時間の過ぎるのは本当に早いです。
故郷の秋田を思い出しながら、
今夜は先日買っておいた山の芋で「山の芋鍋」を作りました。
美味しく出来たと思います。
粘りが凄くて摺りおろすのに一苦労しました
味は腰の強いお餅みたいな感じでした




